がテーマ: スケッチ

ごっちゃ

数学的な
何やら
わけわからん内容と
君の頭の中で
ごっちゃになってるんだね
わたし

あなたのことを
いつものように思って
おとなしく眠るとしよう
切なくなってしまうほどの
あなたを愛するこころに
満足をして
時として奇跡とも思われる
あなたがくれる真心に
感謝などして

一番星

冬の木立に風が吹く
一番星の輝きだす頃
お日様に取り残されて
男はとうとう
肩をすぼめて立ちすくむ

野良猫がにゃあと鳴き
その瞬間に振り向いた男の
疲れた視線は魔法となって
野良猫を見事に射止める

互いに見つめ合うのは
男と女
ではなく
男と野良猫

猫の立派な長いひげに
ひゅるるぅとまた風が吹くと
男のそり残しの情けないひげにも
ひゅるるぅとまた風が吹く

それもまもなく
男は猫にさえまた取り残される
なんとしようにも
一番星は金星なのだ

伝説

遠い昔
思い詰めた姫君が
叶わない祈りを抱きしめたまま
湖底に身を沈めてしまったという
そんな伝説が
どこにもよくある

月影が水面に映って
音もなく波に揺らめく夜
息を懲らして
そっと目を瞑ると
それが単なる伝説でないのが
悲しい光の雫となって
ポタリポタリと
胸の中に降り落ちてくる

無言

 i

僕は 何も言わない
何も 僕が言わない時
僕は 何も言いたくない
そうでない時は
僕は 何も言えないのである
たとえば 今のような
あきらめきれない時などは


 ii

無言の味は
羊羹に似ている
特に
食いすぎた時の
最後のかけらに


 iii

堪え切れず
幼い頃の歌を口ずさんでも
僕の心は
無言のままだ


 iv

無言のゴリラと
無言の僕と
どちらにより多く価値は存在するか
「価値観によって答えは異なるだろう」
大方は
その程度のことで
お茶を濁しておくのに限る


 v

無言のまま
死んでしまいそうだ
子どもの手の中の
かぶと虫のようだ

情話

迷惑な情話が世に溢れ
ひとは正しくはいられなくなった
ひとは正しくはいられなくなって
迷惑な情話が世を押し流す
洪水のようだ

泥だんご

泥だんごは
子どもの掌の上で
丹念に
丸められたあと
小さな手で
壊さないように
そっと並べられる
子どもは誇らしく
そして
透明な喜びに満ちて
笑う

すべては
忘却と現実とに
置き去りにされ
泥だんごも干からび
ひび割れてしまうと
子どもは
どこにも
もう見えない

泥だんごのかけらを
気づかず
知らず
踏みつぶして
踏みならして
だれもが日常へと
通り過ぎて行った

道草

ランドセルを背負って
少年は
ついさっき送り出されたばかりだ
学校へと向かう途に
いつもと同じ
平凡な家並みが待ち受けて
少年に今日も教える
生きていくということの
ほとんどが繰り返しにすぎないことを

一方通行の細道
近づいてきたワゴンが
クラクションを鳴らしたのにはわけがあった

通勤時間帯の
裏道を通るサラリーマンにも
いくらかの良心は残っている
少年を驚かさないように
注意深く
手前から速度を緩めて行くうち
そのエンジン音に少年が気づけば
安全に通り過ぎることができる
それで良かった

少年は道の中ほどに佇んでいた
他の子どもらが遠くに歩いていたが
少年は一人だった
ズックの靴のつま先が
ためらいがちに動いている
煙草の吸殻が
一筋の煙をたち昇らせて
少年の視線を引きつけていたのだ

車の中からも
その煙は見えた
少年の可愛らしい好奇心に
サラリーマンは束の間微笑んだが
同時にクラクションを鳴らしたのだった

少年はぴくりと驚き
怯えた表情を見せて
ふらふらと道の傍らに寄る
ワゴンは一筋昇る煙をけちらし
また走り出した
確かではないが
サラリーマンはこのとき
タイヤが吸殻を踏んでしまわぬように
自分がステアリングをほんの少し
傾けたような気がした
それは道端によける少年の視線が
飽きたらず吸殻に注がれているのを
確かに認めることができたせいだ

少年がまた
一筋の煙の上へと
吸い寄せられていくのが
ルームミラーに映った
サラリーマンは
どこか後ろめたく
いたたまれない気になってくるのを
せわしく打ち消し尽くし
アクセルを踏み込みながら
呟いてみる

「さあ 何をしている
 急がないと
 遅れてしまうぞ……」

ガラス窓

そこにはひとつの
ガラス窓があって
向こうに景色が開けている
あこがれていた景色は
ずっとあの頃の通り
色褪せない
うす暗がりから望む
景色の明るさは
永遠をたたえて無垢なままだ
窓のガラスには
うっすらと僕が映り
あこがれたまま
立ち尽くす姿も
ずっとあの頃の通り
変わらない

ガラス窓から
外の景色を眺めるうち
知らず知らず
そこに映る自分自身を見つめて
絶望しそうになっていることが
僕にはよくある
「まだまだだ」
その言葉が
二つの意味で
葛藤する

ガラス窓は
なぜか汚れやすくて
きれいに拭ってやらないと
すぐに景色が見えにくくなる
あんまり度々
こすって磨いているせいで
ガラス窓には
骨董品じみた細かな傷が
無数にできてしまっている

ガラス窓がやがて
手に負えないくらい
傷だらけとなり
僕の姿を
少しも映し出さなくなった頃
あこがれていた景色は
いよいよ僕からは
見えないものになるのだろうか

山茶花

冬
真っ直ぐに続く
一本の道を歩み疲れて
そろそろ気の遠くなりそうな心に
傍らの山茶花の花が
ほうと灯を灯す

なぜ
こんな季節を選んで
花を咲かせるのだろうと
ちょっと勇気みたいなものが
ほうと灯を灯す

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