真夜中 暗い部屋のなかで わけの分からないことを 相部屋の二人が 楽しそうに 会話していましたので 私が それってどういうこと と訊いてみたところ 返答はありません 耳を澄ますと すやすやと 二人とも静かな寝息を 立てていました 次の日 確かめてみたところ 二人の記憶には 内容どころか 会話していたことさえ 残ってはいなかったのです たしか イチゴに関する真剣な 会話だったような気がします 何が問題になっていたのか それは忘れてしまいましたが 謎をかけられた私は 闇の中に一人取り残されて しばらく眠れず ぼんやりと考えるうち やがてうやむやに 眠りに落ちて行ったのでしたが
伝説
遠い昔 思い詰めた姫君が 叶わない祈りを抱きしめたまま 湖底に身を沈めてしまったという そんな伝説が どこにもよくある 月影が水面に映って 音もなく波に揺らめく夜 息を懲らして そっと目を瞑ると それが単なる伝説でないのが 悲しい光の雫となって ポタリポタリと 胸の中に降り落ちてくる
「人魚とパチンコ」-挽歌ではなく-
パチンコは歌う 遠くから歌う 遠い海で 人魚は岩の上にいて ハープの音色で船乗りたちを いつの間にやら虜にしていた パチンコは おいらの心の中にいて 妙に電気的な音楽と 明滅する光を繰り返し チリリリと落ちてくる豪奢な音と 指先が覚えた金属玉の重みとで 甘美においらを惹きつけ尽くし いつの間にやら虜にしていた パチンコは笑う いつだって笑う 人魚は船乗りたちの命を奪った だれしも気づかぬはずとてないが だからといって 身動き一つもできはしない 一度たりとも 微笑みかけられたら終わり もはや為すすべありはしない とっくのとうに 魔法はかけられてしまっている ただの石塔になっているのだ おいらの中には あいつの無機質な歌と笑いが 不敵に飽和し続ける
幸せ
人は よかったと思える 心さえあれば いつも幸せに 暮らせるのではないかしら そんな程度の考えを 僕はこねくり回していた そんな折 さてもご無沙汰いたしましたと 気まぐれの達人 思い出係の風来坊が 僕のところに帰ってきた そうして かつては僕を占領していた 悲しみのすべて 丁寧に集めてございますと 誇らしげに言いながら 古ぼけた綴りを僕の前に置くと 大切そうにめくり始めた 僕は 悲しみを一つ一つ 確かめていった そこにあるのは本当に 初めから最後まで僕のものだった 中にはときおり 胸につと蘇り えいやとばかり暴れ出して 僕を弱らせる悲しみも あるにはあった けれど大概の悲しみは やけにおとなしくて 小さな膝を抱えたまま 切なげに こっちを見つめているのだ お前たちは こんな程度のものだったのか 僕は ふいに人生の全部が 無性にいとおしくなって 幸せについて もう一度初めから 考え直さなければならないと思った
魔界
悪魔さん どこにいますか? どこにでもいますか? いつからいますか? 魔界へ帰ったらどうですか? あなたが 隠れるの巧みなのは もう分かりましたから そろそろ魔界へ お帰りなさい とにかく魔界へ お帰りなさい 念のためのことですが ここは魔界じゃないのです ここは人間界なのです 悪魔さん お願いだから 早く魔界へお帰りなさい ここは魔界なんかじゃないのです 断乎!
情話
迷惑な情話が世に溢れ ひとは正しくはいられなくなった ひとは正しくはいられなくなって 迷惑な情話が世を押し流す 洪水のようだ
人生
何ゆえの 体罰であろう そんな風に 疑い続ける 自分がいる こんな 自分のためになら 体罰にも 耐えていけそうな 気がする
泥だんご
泥だんごは 子どもの掌の上で 丹念に 丸められたあと 小さな手で 壊さないように そっと並べられる 子どもは誇らしく そして 透明な喜びに満ちて 笑う すべては 忘却と現実とに 置き去りにされ 泥だんごも干からび ひび割れてしまうと 子どもは どこにも もう見えない 泥だんごのかけらを 気づかず 知らず 踏みつぶして 踏みならして だれもが日常へと 通り過ぎて行った
欠片(かけら)
たくさんの いただきものを 寄せ木細工のように 組み合わせて 私の全体ができている 一つ一つの欠片を どなたからいただいたものか 見分けようにも まるでお手上げの だらしない 始末だけれど
詩
心を 切り刻んで 細かく 切り刻んで ある時ふと 紙ふぶきのように それを一斉に 空(くう)に舞わせたところに それは生まれたのだろう 純粋な魂を 粉々に 切り刻んで 紙ふぶきのように 散らせたなら それはきらきらと 瞬間の輝きを放ちながら 切り刻まれた永遠となって 静かに降り積もっていくわけだ