がテーマ: 無力

別れ

一緒の時に
私たちをつなぐのは
いつでも言葉だけだった
そんな中
ほんの少しの思い出も
いつのまにだか
できていた

イルカや和菓子やおむすびに
あなたの笑い声を
思い出すだろう
ローリンやベビーフェイスを耳にして
あなたの声を
懐かしむだろう
どこかで多喜二の名に会えば
やっぱりあなたを
考えるだろう

五月には
私のこの動揺と併せて
誕生日ごとに
亡くなった両親に
詩をこしらえて送る
心優しい女性がいたことを
私はきっと思うだろう
果たされなかった約束も
とても全部は忘れられない

二人の出会いが生んだ詩も
不細工な思い出として
古びてほこりを被るのだろう
せめては
ほんの慰みに
「小箱」の奥に
そうっとしまって
大事に愛おしみ続けるとしよう

甘味

そう
そのことば
できることなら
紅茶に溶かし込んで
一滴残らず
飲んでしまいたい
私の
ありったけで
慈しみながら

「人魚とパチンコ」-挽歌ではなく-

 パチンコは歌う
 遠くから歌う

遠い海で
人魚は岩の上にいて
ハープの音色で船乗りたちを
いつの間にやら虜にしていた
パチンコは
おいらの心の中にいて
妙に電気的な音楽と
明滅する光を繰り返し
チリリリと落ちてくる豪奢な音と
指先が覚えた金属玉の重みとで
甘美においらを惹きつけ尽くし
いつの間にやら虜にしていた

 パチンコは笑う
 いつだって笑う

人魚は船乗りたちの命を奪った
だれしも気づかぬはずとてないが
だからといって
身動き一つもできはしない
一度たりとも
微笑みかけられたら終わり
もはや為すすべありはしない
とっくのとうに
魔法はかけられてしまっている
ただの石塔になっているのだ

 おいらの中には
 あいつの無機質な歌と笑いが
 不敵に飽和し続ける

魔界

悪魔さん どこにいますか?
どこにでもいますか?
いつからいますか?
魔界へ帰ったらどうですか?

あなたが
隠れるの巧みなのは
もう分かりましたから
そろそろ魔界へ
お帰りなさい
とにかく魔界へ
お帰りなさい

念のためのことですが
ここは魔界じゃないのです
ここは人間界なのです
悪魔さん
お願いだから
早く魔界へお帰りなさい
ここは魔界なんかじゃないのです 断乎!


無言

 i

僕は 何も言わない
何も 僕が言わない時
僕は 何も言いたくない
そうでない時は
僕は 何も言えないのである
たとえば 今のような
あきらめきれない時などは


 ii

無言の味は
羊羹に似ている
特に
食いすぎた時の
最後のかけらに


 iii

堪え切れず
幼い頃の歌を口ずさんでも
僕の心は
無言のままだ


 iv

無言のゴリラと
無言の僕と
どちらにより多く価値は存在するか
「価値観によって答えは異なるだろう」
大方は
その程度のことで
お茶を濁しておくのに限る


 v

無言のまま
死んでしまいそうだ
子どもの手の中の
かぶと虫のようだ

決心

引力の
てっぺんにある
ああまでくすんだ
空の色
私は
息を凝らして
また憎みなおす

ああまで
ひどい空の下に
いつまでも
あなたを
放ってなど
おけるものか

大切なものが
だんだんと駄目になる
そんなこと
どうあっても
辛抱がならないのだ

そのくせ
あの空を
澄んだものへと
変えてゆける術に
いつまでも
思い至りはしない
ただ
私の無能が
果てしなく
証明されつづけ
そうして
私の決心ばかり
虚しく強まる

途上

飲んだっくれて
日が暮れて
誠心誠意
くれどおし
しらばっくれて
グレてみる

連れに逸(はぐ)れて
途方に暮れて
食いっぱぐれて
風が吹く
そぞろ歩きの
みちの上

ロミオとジュリエット

ジュリエットは
ロミオがロミオであることを
どうしてと問い
家を捨て
名を捨ててくださいと
願った
互いの運命が
不幸な前提のもとに始まったことを
その時すでに知っていたからだ

僕は僕で
自分が自分であることに
どうしてと問うたことこそあったが
あなたが
今のあなたであることほど
僕には深刻ではなかったのだ

僕たちはだれしも
ようやく出会うその前に
それぞれの前提を身にまとい
簡単ではない存在になっている
生きているだけ
たくさんの鎖につながれ
予め決まったその長さの限り
僕たちは呑気でいられる

そこへやってきて
恋ってやつは理不尽だ
人が油断している隙に
何もかもお構いなしで
あらゆる鎖を
引きちぎろうと暴れ出すのだ
手に負えない勢いで
僕の中で暴れ回り
純粋に存在することを
僕に求める

呑気に飼い慣らされてきた僕は
自分にかけられた鎖を
見つめ直し
握りしめて
そのまんま立ちすくみ
途方に暮れる
真実と嘘と自分が
わからなくなる

祈り

捧げられた「祈り」の分だけ
人々の生涯は
確かに幸せになって
きたのだろうか

信仰というものが
ろくにないんだから仕方も無いが
僕の場合にはどうにも
祈りという祈りが
いつもいつも
無力だった気もする

祈りというのは
限界にまで至ったときの
無意識の呟き
のことかしら

全力の果てに絶望がつくりだす
まじないのことば
のことかしら

言葉にもならぬまま昇華する
涙の結晶を天に送る
自然のしぐさ
のことかしら

いずれにしても
僕のはどうにも
効き目がないんだ

たぶん

世界中に毎日
絶滅している生物が
たくさんあると聞くが
その終わりはきっと
人知れず
あっけないものなのだろう
終わってみれば
結構あっけないものなのだろう
終わったんだか
何だか
よく分からないような
ささいな
出来事なのだろう

亜熱帯の森林が伐採され
地球のオゾン層が破壊され
物言わぬ海に
最後のツケは回され

人間の横暴を責めてみるのも
何だか絶望的に思われるばかり
今さら原因が何かと
問い直してみたところで
たいした手だては見つからない
みんな
自分のことだけで
精一杯なのだから

「たぶん それでいいんだよねえ」

そんなふうに
大概のものは
結構あっけなく終わるものなのだから
人の人生が
終わるときであっても
そしてたぶん
人の歴史が
終わるときであっても

「たぶん それでいいんだよねえ」

いいわけないじゃないか!
と
だれでも口を揃えて言いはするだろうが

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