がテーマ: 別れ

失恋

絶望に
打ちのめされた魂は
修復のため
あれこれ施される
すべての急場の修繕まで
少しも喜ばず
徒労に変えて
しきりに
震える

そういう
本物の恋をした

問い

本当にこうするより
他に方法はなかったのだろうか
そんな考えが
私の中で渦巻いて消えない
悲しくて
悲しくて
悲しくて
ありったけの自分が
問い続けてやまない
君は
今頃どうしているんだ

ネット恋愛

最後まで
生身の人間として
扱ってもらえなかったことを思うと
今にだって涙が出てくる
思わなければよいと言われても
そのことばかりは
いつも思われてならない
この存在は最後まで
電気的信号に過ぎなかったのかと
自分を憐れんで
ひたすら無口に
うづくまる

別れ

一緒の時に
私たちをつなぐのは
いつでも言葉だけだった
そんな中
ほんの少しの思い出も
いつのまにだか
できていた

イルカや和菓子やおむすびに
あなたの笑い声を
思い出すだろう
ローリンやベビーフェイスを耳にして
あなたの声を
懐かしむだろう
どこかで多喜二の名に会えば
やっぱりあなたを
考えるだろう

五月には
私のこの動揺と併せて
誕生日ごとに
亡くなった両親に
詩をこしらえて送る
心優しい女性がいたことを
私はきっと思うだろう
果たされなかった約束も
とても全部は忘れられない

二人の出会いが生んだ詩も
不細工な思い出として
古びてほこりを被るのだろう
せめては
ほんの慰みに
「小箱」の奥に
そうっとしまって
大事に愛おしみ続けるとしよう

カタブツ

もっとも難しいのは
自分自身
というモノみたいだ
自由に上手く
コントロールできると
いいのに

 半端とかなんとか
 くそくらえだ
 我がままも
 頑固さも
 ぶっこわれちまえばいい

そんなことを考えつつ
自分自身に
諦めさせようと
努めているんだが
これがまた難しくて
カタブツなんだ

記憶

車で
少し外に出かけたとき
助手席で母が泣いた
だからその時は
父の
偉かったところなんかを
語り合ってみた

父は
病床にあっても
絶えず母や私の身を
気遣っていたし
決して周りのだれかに
辛く当たったりすることも
わがままを口にすることも
なかった

言い出したら
強情だけど
この十年くらい
ほとんどのことを
母が言うとおりに
子供みたいに
素直に受け入れていた

母が交通事故に遭って
長く入院していたあいだも
文句ひとつ言わず
せっせと病院に通いながら
買い物や家事を立派にこなし
私の面倒まで
よく見てくれた

 《優しい 人 だった なぁ
  もう 少し 母と
  過ごせる 時間が
  あればよかったのに》

そう思ったが
口には出さずに
私はそのまま黙りこんだ
母も
黙りこんで
遠くを見ていた

結び目(亡き父に)

最後に入院する少し前
力無げな声で
「疲れたから休んでいるんだ」と
座り込んだまま答えたあなたの姿が
私の中によみがえって
静かに微笑みかけてくれるけれど
私はあなたの
そんなにも優しい表情に
いつになったら
微笑み返せるんだろう

限りある時間のひととき
小さな庭木の一本にも
あなたは視線を惜しまず遣って
本当はしゃがみ込むのもつらかったくせに
だれもがかじかんで身をすくめる
やりきれない木枯らしの中
日に日に頼りなくなってきたその手を
きっと自分でもじれったく
ぎこちなく動かして
ひとつひとつ丹念に
くくりつけていったんだろう
冬の邪な風が荒っぽく吹いても
倒れたりなどしてしまわぬように
きちんと添え木を立てては
頼りない裸の枝ごとに
紐をゆるやかに巻きつけ
丁寧に結び目を
こしらえたのだろうあなたの手
いつでも決まって
私の生きてきた傍らで
あなたはそんなふうに
いてくれたんだ

初めて買ってもらった
野球のグローブを取り上げられ
仲間たちにいじめられていた
夕暮れ時の広場
思いがけず
現れたあなたの顔を見つけるなり
こらえていた涙が急に溢れだし
遮二無二
あなたの懐に駆け込んで
声を上げて泣きじゃくった
幼い日の私
あなたを思えば
そんな遠くにまで
理不尽なほど
瞬時に戻って行ってしまうんだ

結び目はどれもこれも
切ないほど控えめに
置き去りにされたまま在り続ける
そのひとつひとつ
無造作にあなたらしくて
それだから
ひたぶるに泣きたくなってしまうんだ

一番星

冬の木立に風が吹く
一番星の輝きだす頃
お日様に取り残されて
男はとうとう
肩をすぼめて立ちすくむ

野良猫がにゃあと鳴き
その瞬間に振り向いた男の
疲れた視線は魔法となって
野良猫を見事に射止める

互いに見つめ合うのは
男と女
ではなく
男と野良猫

猫の立派な長いひげに
ひゅるるぅとまた風が吹くと
男のそり残しの情けないひげにも
ひゅるるぅとまた風が吹く

それもまもなく
男は猫にさえまた取り残される
なんとしようにも
一番星は金星なのだ

君と

いろいろあったみたいだけど
本当は何もなかったのか
とも思われてくる
ただ
何も始まらないまま終わってしまったと
今から思いなおしてみるには
確かに何かがありすぎたようでもある

私の夢は
いつも裏切る
たいがい
ひどく切ないやり方で
私をうちのめすんだ
ことごとく

卒業

何のために
今があるのか
何のために
自分があるのか
何のために
生きるのか
という不思議を思うときに
僕らは思い返すだろう
過ぎ去った
あらゆる今というときを
過ごしてきた
あらゆる自分という存在を
別れて
遠く会えなくなってしまった人たちの
それぞれの生き方を

何のために
という
ある時だれもが
立ち止まる不思議のために
僕らは思い返すだろう
時空を超えて動かない
人生の確かなものは
既に過ぎてしまったことだけ
確定と未確定の境に
自分があるということを
現実と夢との境に
自分の今があるということを

そうして
きらきらした
無性になつかしい光の向こうから
微笑みかけてくれるだれかに
ひとり
あきらめたように微笑みを返し
未確定の明日を信じ直して
きっとまた
歩き始めることだろう

だから 今
寂しさなんか胸に納めて
やさしい微笑みにしてしまおうじゃないか
よくある祝福の
言葉の代わりに

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