その8

  村長の息子が池で死んだことは、その夜のうちに村中に知れ渡った。親たちは子供たちに向かって、口を揃えてこう言った。
 「もう明日から、あの池に近づいちゃあいかんでな。村長さんの息子が溺れ死んだと。わかったかいの。危ねえんだからな。わかったな。」
 子どもたちは、もちろん、首を縦に振るのである。親たちが言うことには、大概は素直にうなずくのが基本なのである。親たちは、たいていそれくらいで安心するものなのだ。
 次の朝、10時を過ぎると、子どもたちは、自分自分で細工した竹槍を持って集った。周りの子どもたちが、皆、池の方に歩くので、自分一人取り残されまいと、子どもたちは1人も欠けることなく、池のほとりにやって来た。だれひとり、前夜の親の言葉を忘れたわけではない。そうしないと仲間はずれになってしまう。親に見付かるまいと、下を向いて行進してきた。
 しかし池に来てみると、怪獣の黄色い目印が消えている。さて、こうなってしまうと、子どもたちは自分の作品を持て余してしまった。あの怪獣がどうなってしまったかという論議が、しばらくなされた。それは子どもの論議であって、今更、記すまでもない。
 論議が終わるのを待って、1人の子どもが言った。
 「あははは、皆、竹槍作ってくるなんて、馬鹿みたい。それに全員。あははは。どうすんだ。それ。バーカ。あはははは。」
 この子は、昨日は池辺にいなかったので、竹槍を用意してきてはいなかったのである。数人の子どもたちがそれに同調して他の皆を嘲笑った。それまで自分たちが竹槍を持っていないことで小さくなっていたのが、今やっと優位に立てる条件を得て、一気に自分を誇示したのだ。
 集団のどこからか、一つの声が発せられた。
 「なんだとっ。竹槍、持ってて、なぜ悪いっ。」
 急に勢いづいて、集団が動きを見せた。

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