旧道のトンネルの中はいつも暗くひんやりとしているまるで永遠のようなその静寂の中をひときわ冷たい水の雫の落ちる音が響くとき響くとき少しだけ時間の流れがひずんで後戻りするんだが後戻りするんだが
祈り
捧げられた「祈り」の分だけ人々の生涯は確かに幸せになってきたのだろうか 信仰というものがろくにないんだから仕方も無いが僕の場合にはどうにも祈りという祈りがいつもいつも無力だった気もする 祈りというのは限界にまで至ったとき
水平線
水平線がまあるく どうやったら見えるんだろう まだ本当には そう見えたおぼえがないんだ ないしょだけど
奈津子
「奈津子は初めからいなかった」 そう言っても 何も差し支えはないんだが…… 子供らに人生なんかを説いて 僕の人生が終わってゆく 終わってゆく 馬鹿げちゃいるが もしもの話 誕生したその時 終わっていたと仮定し
たぶん
世界中に毎日 絶滅している生物が たくさんあると聞くが その終わりはきっと 人知れず あっけないものなのだろう 終わってみれば 結構あっけないものなのだろう 終わったんだか 何だか よく分からないような ささいな 出来事
霙(みぞれ)
霙の中を 卒園式帰りの母子が 傘をさして通り過ぎます 着飾った若いお母さんは 子供の制服の胸にあるリボンと ちょうど同じようなピンクの きれいなスーツを着ているのです 冷たい霙は 傘の上にもうっすら積もって 子供の黄色い
東京特許許可局
誠に月並みですが 東京特許許可局 よく言われることなんですけれど 東京特許許可局 本当のところ私どもとしましては 東京特許許可局 なにぶん戸惑うことばかりなもので 東京特許許可局 時代時代と諦めればよさそうなものを 東京
もしもの決意
尊敬できない在り方を もしもしなければならなくなって そのときたとえ渋々でも 自分をすっかり明け渡すような 最低のことにでもなったなら 僕は是非とも願い下げです この世にそうやってまで存在すること 神様と仏様とお母様に申
ひまわり
少年には見えたかしら。 太陽を乗せて自転車は風となり 季節は秋を急ぎ 少年は振り向かない ひまわりはただ そっと思うばかりだ
蛍
夏休みで田舎に帰った僕たちが 「ひと夏に一度そこで河童が足を引く」 とか言う神秘めいた噂をしながら 冷たい小川の淵で毎日泳いでいた頃だ あれはまだ 地球の温暖化なんか だれも言わなかった頃だろう 月の出ない真っ暗な夜 だ