ある日の暮れ方

よどんだ夕空の下にある
交差点の信号あたり
僕の車は止まって順番を待ち
その中の僕はさっきの女との
たわいないやり取りを考えながら
薄暮の中に灯っている全ての電灯が
次から次にパンッパンッと音を立てて
割れ尽くしてしまえばいいような気がしている

街灯もテールランプも信号も割れて
ちかちか動く色彩の光が
不機嫌な空のあくびに飲み込まれちまうのを
息を凝らして陰謀するのだ

きっと清々するに違いないなどと思ってみるのだ
本当にそうだ
そんなことが起こったら
ちょっとは愉快に笑えそうな気がするのだ

サタン

私の夢をそそのかして
連れ出したのは
だれ?

サタンか?
それとも!

いじけた
寝不足の
不健康な
病んで縮んだ
ばからしい
この胸の痛みよ

サタンではない
サタンではない
サタンは信頼を欺かない
サタンが釈明しないのは
サタンの寛容を意味するばかりだ
サタンの強がりを
だれも知らない
それだけなのだ

たいがい
欺くのはいつも
夢の方だと決まっている

知恵の輪

知恵の輪にかかりっきりだ
本当は
永遠にはずれないさだめの
インチキの知恵の輪なのかもしれないのだ
いつか ふとしたはずみに
自然のようにはずれるような気がするのだが
今のところは一向駄目だ
インチキの知恵の輪なのかもしれないのだ

だれが仕掛けたいたずらなのか知らず
気づいたときにはもう握っていた
幼い僕は手の中にある
時代遅れなそのおもちゃで
無心に遊び始めていた

力を入れて あるいは抜いて
引っ張ったりひねったり押したりもした
いろんな角度も試してみたし
あらゆる姿勢でやってもみた
時折は その時が来たかと思ったこともあったが
それは単なる思い違いで
やっぱり結局駄目だったのだ

この知恵の輪だけはどうにもいけない
いくらやっていてもはずれない
いっそやめちまえば良さそうなものだが
そうもゆかない やめられないのだ
おふくろのお腹の中にいたときにさえ
もうしっかりと握られていたのではなかったかと
僕には思われるのだ
この知恵の輪が僕のものだから
はずすのも僕でなければならないのだ

何はどうとあれ
やめられないのだから たちが悪い
何はどうとあれ
知恵の輪にかかりっきりだ

紋白蝶

ぼんやりと
海をあこがれていると
微かな風が吹いてきた

遠くに
紋白蝶が振り子のような
往復運動をしているのが見える
ずいぶんと遠くなのに
どういうことだろう はっきり見える

夏が近付いたための
僕の悲しみのせいかもしれない
そんなくだらない考えが
遠くを往復運動しているうちに
紋白蝶を見失った

ぼんやりと
海をあこがれていると
微かな風も吹いて来ない

どちらにしても
夏が近いということだろう

流れ

流れながれて
やがては僕のところを
ふうという音を立て
去って行く水鳥たち

ままならぬこの
太陽と月との
物理的な
真実の中

弱音を吐くが

たくさんの裏切りに
ちょっとばかり疲れてしまったよ
ちょっとばかりいけないよ
ずいぶんと
裏切られることにも慣れてきたとは
思うのだがまだまだ
やっぱり悲しいというのか
やり切れないじゃないかよ
やってらんないくらい寂しいよ

無題

止まった空間には
凝縮された生命が放蕩を始め
瑞々しい若さで傾いてゆくのだ

止まった空間には
地球の運命が暗示され
無機的な笑い声が気味悪く響き
涼しい血のためには頭痛を容認する

止まった空間には
生活の一端が溢れ出し
純血のために捧げられた祈りが
さざ波となって静かに遠のいてゆく
いつしか自分の周りには
海だけがある

止まった空間には
永遠に明日が来ない
永遠に昨日のまんまに座り込み
今であることの価値は永遠に消失し
ついに人間がどうでもよくなる

女生徒

空が暮れて
さっきからしきりに
僕を誘っている。

ずいぶんと色っぽいじゃないか。
僕は心の中で呟き
そのまんま座っている。

そうして空はどんどん
暮れてゆき
もはや闇は
少しも僕を誘わない。

無題

「風車ってどうして回るのかな」
「だって回らないじゃ淋しいじゃないか」
「でもこの風車回らないよ」
「きっと淋しいんだよ」

無題

遠くを見るにはこうしろと
ひまわりは背伸びする。
僕は思わず嬉しくなって
にこにこと笑ってしまう。

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