人生

何ゆえの
体罰であろう
そんな風に
疑い続ける
自分がいる

こんな
自分のためになら
体罰にも
耐えていけそうな
気がする

決心

引力の
てっぺんにある
ああまでくすんだ
空の色
私は
息を凝らして
また憎みなおす

ああまで
ひどい空の下に
いつまでも
あなたを
放ってなど
おけるものか

大切なものが
だんだんと駄目になる
そんなこと
どうあっても
辛抱がならないのだ

そのくせ
あの空を
澄んだものへと
変えてゆける術に
いつまでも
思い至りはしない
ただ
私の無能が
果てしなく
証明されつづけ
そうして
私の決心ばかり
虚しく強まる

泥だんご

泥だんごは
子どもの掌の上で
丹念に
丸められたあと
小さな手で
壊さないように
そっと並べられる
子どもは誇らしく
そして
透明な喜びに満ちて
笑う

すべては
忘却と現実とに
置き去りにされ
泥だんごも干からび
ひび割れてしまうと
子どもは
どこにも
もう見えない

泥だんごのかけらを
気づかず
知らず
踏みつぶして
踏みならして
だれもが日常へと
通り過ぎて行った

手紙

純粋な少女のくれた手紙を
古いノートの間に見つけた
私の書いた小さな詩を
とても素敵だと言ってくれたのだ

ためらいがないどころか
あんまり素直に心を打ち明けていて
私はなんだか今にも
優しい気持ちを誘われてしまう

あの娘が
どんな気持ちで手紙をくれたのかは
あの時にだって分かっていた
どんな気持ちで暮らしていたのかを
悲しいくらい私は知っていた

私の手元には
少女の純粋が今も残って
一つの勇気を与えてくれている
あの娘の手元にも
私の書いた詩が
まだ あるのだろうかしら

幻想

幻想を
危うく持ってしまう所だった

少年の頃
いつもいつもそれで悲しみ
私はそれが
不当にもその持ち主をいたぶることに
絶えず苛立たしさを感じたのだった
それから私は
次第に幻想という奴を
持たない癖になっていた

それが あの瞳!

あの瞳に見つめられて
私の中には
蘇りそうになったのだ幻想が!
私は身の危険を感じて
すぐさま
あの瞳から
私の目をそらしたのだったが
あるいはそれも
手後れだったか

今もずっと
見つめられているようで
私の目は
もう一度確かめたい
思いの中を
漂いつづける

変身

君はある時
自分が既に自分の手には負えないくらい
女になってしまっていたことに
思い至るであろう

少女は大人の女を
長く夢見てきたであろうけれど
そうしているうちに
いつのまにか
自分の知っている自分より
大人に見られている自分を見つけ
何か途方もないことを
しでかしてしまったと
うろたえるであろう

やがて
自分の心をも持て余すようになり
君はある時
無口な湖に変身するのだ
冷たく澄み切った水は乱反射し
小波がその
傷ついた悲しみをそこ深く沈めて揺れると
もはや君は戸惑わない

湖に生まれたばかりの水の濁りが
自分を持て余さないための
至上の勇気だと信じ始めるのだ

自然らしく

不安らしい瞳が
揺れながら僕を見つめる
何かを恐れている君のために
僕は大袈裟に決意する

宇宙よりも自然らしく
存在することを命にかけて

君の恐れているものは
僕であろう 友であろう そして
自分自身であろう
偽りであろう 裏切りであろう そして
信頼してしまうことであろう

そこにあるためらいが
そこにある君の瞳なのだ

世界の責任を
僕は一身に引き受け
空になり大地になり海になり
ちっぽけな僕など
一切をやめてしまって
僕は大袈裟に決意する

宇宙よりも自然らしく
存在することを命にかけて

道草

ランドセルを背負って
少年は
ついさっき送り出されたばかりだ
学校へと向かう途に
いつもと同じ
平凡な家並みが待ち受けて
少年に今日も教える
生きていくということの
ほとんどが繰り返しにすぎないことを

一方通行の細道
近づいてきたワゴンが
クラクションを鳴らしたのにはわけがあった

通勤時間帯の
裏道を通るサラリーマンにも
いくらかの良心は残っている
少年を驚かさないように
注意深く
手前から速度を緩めて行くうち
そのエンジン音に少年が気づけば
安全に通り過ぎることができる
それで良かった

少年は道の中ほどに佇んでいた
他の子どもらが遠くに歩いていたが
少年は一人だった
ズックの靴のつま先が
ためらいがちに動いている
煙草の吸殻が
一筋の煙をたち昇らせて
少年の視線を引きつけていたのだ

車の中からも
その煙は見えた
少年の可愛らしい好奇心に
サラリーマンは束の間微笑んだが
同時にクラクションを鳴らしたのだった

少年はぴくりと驚き
怯えた表情を見せて
ふらふらと道の傍らに寄る
ワゴンは一筋昇る煙をけちらし
また走り出した
確かではないが
サラリーマンはこのとき
タイヤが吸殻を踏んでしまわぬように
自分がステアリングをほんの少し
傾けたような気がした
それは道端によける少年の視線が
飽きたらず吸殻に注がれているのを
確かに認めることができたせいだ

少年がまた
一筋の煙の上へと
吸い寄せられていくのが
ルームミラーに映った
サラリーマンは
どこか後ろめたく
いたたまれない気になってくるのを
せわしく打ち消し尽くし
アクセルを踏み込みながら
呟いてみる

「さあ 何をしている
 急がないと
 遅れてしまうぞ……」

途上

飲んだっくれて
日が暮れて
誠心誠意
くれどおし
しらばっくれて
グレてみる

連れに逸(はぐ)れて
途方に暮れて
食いっぱぐれて
風が吹く
そぞろ歩きの
みちの上

ガラス窓

そこにはひとつの
ガラス窓があって
向こうに景色が開けている
あこがれていた景色は
ずっとあの頃の通り
色褪せない
うす暗がりから望む
景色の明るさは
永遠をたたえて無垢なままだ
窓のガラスには
うっすらと僕が映り
あこがれたまま
立ち尽くす姿も
ずっとあの頃の通り
変わらない

ガラス窓から
外の景色を眺めるうち
知らず知らず
そこに映る自分自身を見つめて
絶望しそうになっていることが
僕にはよくある
「まだまだだ」
その言葉が
二つの意味で
葛藤する

ガラス窓は
なぜか汚れやすくて
きれいに拭ってやらないと
すぐに景色が見えにくくなる
あんまり度々
こすって磨いているせいで
ガラス窓には
骨董品じみた細かな傷が
無数にできてしまっている

ガラス窓がやがて
手に負えないくらい
傷だらけとなり
僕の姿を
少しも映し出さなくなった頃
あこがれていた景色は
いよいよ僕からは
見えないものになるのだろうか

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