系図

どうしてお父さん
あんな夢
見させるのかしら
何か
あるのかしらねぇ
お墓のこと
ちゃんとしてくれてるのかしら

 十年ほど前に
 亡くなった祖父を
 母は今日
 夢に見たのだという

鹿児島に帰ってきたら?
今年は帰ってないでしょう
じいちゃんのお墓参り
親父と行っておいでよ
そのほうがいい

 帰郷を勧める私の言葉に
 母は三回ばかり
 うなずいてみせた

あんなお父さん
初めて見た
今日のお父さんたら
家に帰ってきて
疲れたぁって
台湾にいたときの家なのよ
ほんとうに疲れた顔で
へなへなって
疲れたぁって
小さく
座り込んじゃった・・・

 最後まで言い終わらないうちに
 母は声を詰まらせて泣きだしてしまった
 黙って母を見るうち
 今は一人
 遠くで暮らしている祖母の
 懐かしすぎる眼差しが
 どうにもこらえがたい勢いで
 私を強くかき回し始めていた

ああ ばあちゃん

願い

めぐみは僕に
お返しなんかくれるなという
素直に甘えられる幸せの傍らで
お返しをしたい僕の願いが
べそをかきながら
迷子みたいに立ちすくんでいる

秘密

めぐみには
秘密がある
心に決めて
秘密にした
動かせない
思い

「人魚とパチンコ」-挽歌ではなく-

 パチンコは歌う
 遠くから歌う

遠い海で
人魚は岩の上にいて
ハープの音色で船乗りたちを
いつの間にやら虜にしていた
パチンコは
おいらの心の中にいて
妙に電気的な音楽と
明滅する光を繰り返し
チリリリと落ちてくる豪奢な音と
指先が覚えた金属玉の重みとで
甘美においらを惹きつけ尽くし
いつの間にやら虜にしていた

 パチンコは笑う
 いつだって笑う

人魚は船乗りたちの命を奪った
だれしも気づかぬはずとてないが
だからといって
身動き一つもできはしない
一度たりとも
微笑みかけられたら終わり
もはや為すすべありはしない
とっくのとうに
魔法はかけられてしまっている
ただの石塔になっているのだ

 おいらの中には
 あいつの無機質な歌と笑いが
 不敵に飽和し続ける

幸せ

人は
よかったと思える
心さえあれば
いつも幸せに
暮らせるのではないかしら
そんな程度の考えを
僕はこねくり回していた

そんな折
さてもご無沙汰いたしましたと
気まぐれの達人
思い出係の風来坊が
僕のところに帰ってきた
そうして
かつては僕を占領していた
悲しみのすべて
丁寧に集めてございますと
誇らしげに言いながら
古ぼけた綴りを僕の前に置くと
大切そうにめくり始めた

僕は
悲しみを一つ一つ
確かめていった
そこにあるのは本当に
初めから最後まで僕のものだった
中にはときおり
胸につと蘇り
えいやとばかり暴れ出して
僕を弱らせる悲しみも
あるにはあった
けれど大概の悲しみは
やけにおとなしくて
小さな膝を抱えたまま
切なげに
こっちを見つめているのだ

 お前たちは
 こんな程度のものだったのか

僕は
ふいに人生の全部が
無性にいとおしくなって
幸せについて
もう一度初めから
考え直さなければならないと思った

長い列

「これは どなたの お葬式 ですか」

凍りつく吐息の向こうに
天は無意味なほど明るく
透き通っていた

「ほら あの方の」

持ってきて
そこに置いたばかりの
ちんけな水車が
さっき通りすぎてきた
入り口のところで
ちょろちょろと水を受けて
回っていたが

「どなたの お葬式 ですか」
「ほら あの方の」

受付の世話で
淡々と働いているあの方の
どんなゆかりの
葬儀だというのだろうか
僕は考えながら
そのまま列に運ばれ
立ち止まっては
また一歩
思い出したように
進んで行った

「どなたの お葬式 ですか」
「ほら あの方の」

あれは
葬儀屋の人ではないのだろうか
手慣れた様子で
あれこれと
ことを仕切っているとも見えるのだが
考えあぐねて振り返ると
僕の後ろにも
果てしない列ができていた

「どなたの お葬式ですか」

踏みしだかれた落ち葉が
僕の足下に乱れている
だれの葬儀なのか
僕には依然
わからなかった
それなのに
列に運ばれているうちに
僕はいつしか
やり切れない悲しみの中に
なぜか沈み込んで
どうすることも
できなくなっていた
もうどうでもいい
どうでも
いいのだ

「ほら あの方の」

泣きそうになるのを
どうやら堪えて
僕はおもむろに
答えてやった
そうしてただ
また一歩
動いてゆれる
長い列

魔界

悪魔さん どこにいますか?
どこにでもいますか?
いつからいますか?
魔界へ帰ったらどうですか?

あなたが
隠れるの巧みなのは
もう分かりましたから
そろそろ魔界へ
お帰りなさい
とにかく魔界へ
お帰りなさい

念のためのことですが
ここは魔界じゃないのです
ここは人間界なのです
悪魔さん
お願いだから
早く魔界へお帰りなさい
ここは魔界なんかじゃないのです 断乎!


無言

 i

僕は 何も言わない
何も 僕が言わない時
僕は 何も言いたくない
そうでない時は
僕は 何も言えないのである
たとえば 今のような
あきらめきれない時などは


 ii

無言の味は
羊羹に似ている
特に
食いすぎた時の
最後のかけらに


 iii

堪え切れず
幼い頃の歌を口ずさんでも
僕の心は
無言のままだ


 iv

無言のゴリラと
無言の僕と
どちらにより多く価値は存在するか
「価値観によって答えは異なるだろう」
大方は
その程度のことで
お茶を濁しておくのに限る


 v

無言のまま
死んでしまいそうだ
子どもの手の中の
かぶと虫のようだ

ポセイドン

夏は夕暮れ
透明なほど
肌の白い女が
また頬を涙に濡らして
海辺に立った

 ゆりかごの 調べはカノン
 たれか知る 涙のゆくへ
 風の伝ふる 静けきメルヘン

女は
遠くを見つめたまま
固く唇を
結びなおした
それから
なおもずっと
涙は流れ続けた

 ゆりかごに 時はまどろむ
 小波の 寄せつ返しつ
 彼方なる ノスタルジーの

ポセイドンは
女に恋していた
切ないため息は
今日までに
幾度となく繰り返されていた
けれども女は
そのことに
永遠に気づきはしない
それは風の音と
ほとんど同じに
すぎなかったのだから

情話

迷惑な情話が世に溢れ
ひとは正しくはいられなくなった
ひとは正しくはいられなくなって
迷惑な情話が世を押し流す
洪水のようだ

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