しろつめ草

校庭の片隅で見つけた
幸運の小さな象徴(しるし)
「ほら 四葉のクローバだよ」
「クローバ? 四葉の? ほんとだ!」
「あげるよ」
「わあ ありがとう」
初夏の
うららかな昼休みは
清々するくらい
明るくて綺麗だ

明るくて綺麗な昼休みであっても
そう単純にゆくことばかりではない
「ほら 四葉のクローバだよ」
「先生はそんなことやって楽しいんですか?」
なんて言いやがる奴だっている
そりゃあないんじゃないか
と思いながら
「四葉のクローバ 幸運の象徴だよ」 /しるし
と胸のポケットに無理やり挿し入れてやる
そうしたら
あきれたみたいな顔して見ていやがる
しろつめ草はポカポカした太陽をたくさん
浴びて育っているんだから負けない

だるまと車掌

 奴の現在の在り方を、例えば「忘れられただるまさん」と言うことができる。人々の幸せを祈りながら、ただじっと、手も足も出せないまま黙っていることより、仕事はない。その上、いつの間にかだれもがその存在を忘れている、いつまでも両目を入れてもらえない、そういうだるまさんが、よくある、それだ。
 また、例えば「ワンマンバスの車掌」とも見ることができる。既に役割は無くなっている、今の状況を分かりながらも、お客さんとは違うだけの気持ちを持っているのだから、質がよくない。結局のところ、お客さんと同じように座って、終点までバスに揺られるよりない。もう、役割は既に終わっているのだ。お客さんならば、目的地に着くためにバスに乗っているわけで、それでいいと言えるんだが、目的とすることを何もしないまま終点に降り立った車掌は、ようやく、自分の存在価値を、考え始める。
 いつの時代も、時の流れとともに、必然的に不要のものとなり、歴史の彼方へと、忘却の彼方へと、いつの間にか遠ざかるものがある。そういうとき、ほとんどのものはひどくさりげなく、消え、あまりに静かだ。それが引き際の理想、だから、達人のように、奴もそういう風にやってみたかったが、そこまで自然にはなれなかった。どんどん廃れる自分を、そこまであきらめきれない、奴は達人にはなれなかった。
 そうして、ほこりを被っただるまさんは、というと、ついに旅に出る、決心をした。一方、不器用な車掌さんは、というと、ついに転職の、決心をした。ちょっとばかり、遅すぎる決心ではあるのだが。
 考えてみりゃ、滑稽な話、それでおしまい。

ゆりかご

ゆりかごに揺られながら
僕はうっとりとしている
君の指の白さを眺めて
どうしてあんなものが
自然によって生まれてくるのだろうなどと
呑気に思っている間
僕の中には
君の不思議がたくさんみなぎって
僕を満たすのだ

ゆりかごは宇宙の
愛らしい償いである
だから優しく僕を揺らし
うっとりと僕をなぐさめる

はらはらしながら
ゆりかごの結末を予感しつつ
僕はただ
うっとりとしている

御坂峠

開けた景色が見たくなって
BMWで御坂峠に行った

学生時代
太宰さんのいしぶみを訪ねた
富士山と河口湖の
大きな景観
真っ暗なトンネルの手前
なんだか淋しいような気になる
あの
御坂峠

「月見草」の碑の前に立ったら
二十歳の頃に愛した人を
どうして失ったのかと
ついといたたまれなくなって
天下茶屋の山菜そばを喰い
元気になったようなつもりで
帰ってきたが

大砲

ずどんと大砲が鳴ったあとの
僕の心の中を支配する余韻が
しつっこくてやりきれない
頭痛のガンガンする痛みには
もうあきらめもあるが しかし
僕の心の中を埋め尽くすもの
大砲の余韻が鳴り止まないのだ

大砲は僕の上にある未来をめがけて
そこには多少のデフォルメもあろうが
図太くて鈍い音とともに
天高く打ち上げられたのだ

それなのに
まだ砲丸は落ちて来ない
落ちて来ないが
空砲などではあり得ないはず
確かに
それは僕が打ち上げたのだ

いつもいつも
ずどんと大砲が鳴ったばかりで
余韻が鳴り止まないまま
砲丸もまだ落ちては来ない

昼下がり

平和な海の掟に
松の梢はうっとり酔い

ほうっと明るんだ空が
妖怪を称えあげて光り

ジュネーブに飛んだ姉の
手首にはブレスレット
細いブレスレット

鎖につながれた
奴隷の憂い
静かな
海の憂い

らっきょうが
ガリリと音を残す
そういう夏の昼下がり

雨の中を
上昇ってゆく煙が
あんまりにも白くて
僕は
「見えること」と「見えないこと」との
価値の相違なんぞを考えている

見えている白さが
無限に 宇宙にまで 届くのではないのを
不思議なことのように思い詰めている

「正直」というものと
それに反するものとの違いかと考えてみる
実は「成長」という一言で
説明し尽くされるものかとも考えてみる
少しくらいは
幸福と不幸との差があるのかもしれないと考えてみる
実体と虚体という違いではないことだけは確信している
そうしているうちに
白さが見えなくなったその時
煙でなくなるのだということに
不可解さえ感じ始める

そうして
それが世界を包むことに思い至り
雨の降ってくるわけが
知れる気がした

富士山

富士山には
随分たくさんの思い出がある
僕が富士山を好きなのは
数々の思い出の中に
どっしりと富士山が座っている
その偶然のためなのだろうか

なかでも
とりわけ強く僕を揺り動かす
八年前の二人の在り方と
その背景にあるどでかい富士山
僕を押しつぶそうとする

水辺で

源五郎の棲む池のほとりを
小さな竜巻(つむじかぜ)が訪れたとき
葦たちは穂先をなびかせて歌った
理不尽であればあるほど
風は期待を 唆(そそのか)すもので
いわば竜巻などは
葦たちには夢みたいなものなのだ

葦たちの騒ぎ様ときたら尋常ではない
我こそはと一斉に歌い出すのだ
小さな竜巻にとりすがるように踊るのだ
よほど思い詰めていたのだろうか
水辺に棲むことに
あるいは倦んでいたのだろうか
この時とばかりに 狂ったかのように

源五郎はあきれて見ていたが まもなく
「阿呆らしい」
と 小さな声を投げ出し
すうい と 泳ぎ始めた

そんな折だ
葦というのは本来
それぐらいの竜巻で抜け飛ぶようなものではないらしいのだが
一本の葦が飛んだ
その小さな竜巻が巻き上げたのだ
だれもが「ああ」という微かな声を漏らした
同時に風は去り 辺りは静かになった
竜巻と一緒に舞い飛んだ葦も
どこかへ消えた

池の水面がまだ激しく波立っていて
源五郎は泳ぎにくいのにうんざりしたけれど
やがて生涯を愛するかのように
「面白い」
と 一言呟く

紅葉を待ち受ける木梢
仕事は終わりに近づいたとささやく木梢

天が澄んで懐かしいほどに
ふと昔の夢が微笑みとなって
うっかり口をつく僕の口癖
「これが潮時……」

冴えた空気と穏やかな陽光
コンチェルトみたいに戯れ合い
それはそれは静かに流れる

しかしね おまえたち
そろそろ覚悟を決めておこうよな
これからの風は
いよいよ冷たくなっていく
はじめから
決まりきってるんじゃないか

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