道草

ランドセルを背負って
少年は
ついさっき送り出されたばかりだ
学校へと向かう途に
いつもと同じ
平凡な家並みが待ち受けて
少年に今日も教える
生きていくということの
ほとんどが繰り返しにすぎないことを

一方通行の細道
近づいてきたワゴンが
クラクションを鳴らしたのにはわけがあった

通勤時間帯の
裏道を通るサラリーマンにも
いくらかの良心は残っている
少年を驚かさないように
注意深く
手前から速度を緩めて行くうち
そのエンジン音に少年が気づけば
安全に通り過ぎることができる
それで良かった

少年は道の中ほどに佇んでいた
他の子どもらが遠くに歩いていたが
少年は一人だった
ズックの靴のつま先が
ためらいがちに動いている
煙草の吸殻が
一筋の煙をたち昇らせて
少年の視線を引きつけていたのだ

車の中からも
その煙は見えた
少年の可愛らしい好奇心に
サラリーマンは束の間微笑んだが
同時にクラクションを鳴らしたのだった

少年はぴくりと驚き
怯えた表情を見せて
ふらふらと道の傍らに寄る
ワゴンは一筋昇る煙をけちらし
また走り出した
確かではないが
サラリーマンはこのとき
タイヤが吸殻を踏んでしまわぬように
自分がステアリングをほんの少し
傾けたような気がした
それは道端によける少年の視線が
飽きたらず吸殻に注がれているのを
確かに認めることができたせいだ

少年がまた
一筋の煙の上へと
吸い寄せられていくのが
ルームミラーに映った
サラリーマンは
どこか後ろめたく
いたたまれない気になってくるのを
せわしく打ち消し尽くし
アクセルを踏み込みながら
呟いてみる

「さあ 何をしている
 急がないと
 遅れてしまうぞ……」

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