君はある時 自分が既に自分の手には負えないくらい 女になってしまっていたことに 思い至るであろう 少女は大人の女を 長く夢見てきたであろうけれど そうしているうちに いつのまにか 自分の知っている自分より 大人に見られている自分を見つけ 何か途方もないことを しでかしてしまったと うろたえるであろう やがて 自分の心をも持て余すようになり 君はある時 無口な湖に変身するのだ 冷たく澄み切った水は乱反射し 小波がその 傷ついた悲しみをそこ深く沈めて揺れると もはや君は戸惑わない 湖に生まれたばかりの水の濁りが 自分を持て余さないための 至上の勇気だと信じ始めるのだ
自然らしく
不安らしい瞳が 揺れながら僕を見つめる 何かを恐れている君のために 僕は大袈裟に決意する 宇宙よりも自然らしく 存在することを命にかけて 君の恐れているものは 僕であろう 友であろう そして 自分自身であろう 偽りであろう 裏切りであろう そして 信頼してしまうことであろう そこにあるためらいが そこにある君の瞳なのだ 世界の責任を 僕は一身に引き受け 空になり大地になり海になり ちっぽけな僕など 一切をやめてしまって 僕は大袈裟に決意する 宇宙よりも自然らしく 存在することを命にかけて
古びた小箱

みっともないくらい ひたむきになりたい 古びた小箱を 涙を流して守り通す 子どもみたいに
まずまず
まずまずだ
何ということのない
僕の人生のことだけど
一人僕だけは
見捨てないでいこうと思う
一人僕だけが
思うようにならないというのでも
なさそうに思われるから
ロミオとジュリエット
ジュリエットは
ロミオがロミオであることを
どうしてと問い
家を捨て
名を捨ててくださいと
願った
互いの運命が
不幸な前提のもとに始まったことを
その時すでに知っていたからだ
僕は僕で
自分が自分であることに
どうしてと問うたことこそあったが
あなたが
今のあなたであることほど
僕には深刻ではなかったのだ
僕たちはだれしも
ようやく出会うその前に
それぞれの前提を身にまとい
簡単ではない存在になっている
生きているだけ
たくさんの鎖につながれ
予め決まったその長さの限り
僕たちは呑気でいられる
そこへやってきて
恋ってやつは理不尽だ
人が油断している隙に
何もかもお構いなしで
あらゆる鎖を
引きちぎろうと暴れ出すのだ
手に負えない勢いで
僕の中で暴れ回り
純粋に存在することを
僕に求める
呑気に飼い慣らされてきた僕は
自分にかけられた鎖を
見つめ直し
握りしめて
そのまんま立ちすくみ
途方に暮れる
真実と嘘と自分が
わからなくなる
祈り
捧げられた「祈り」の分だけ
人々の生涯は
確かに幸せになって
きたのだろうか
信仰というものが
ろくにないんだから仕方も無いが
僕の場合にはどうにも
祈りという祈りが
いつもいつも
無力だった気もする
祈りというのは
限界にまで至ったときの
無意識の呟き
のことかしら
全力の果てに絶望がつくりだす
まじないのことば
のことかしら
言葉にもならぬまま昇華する
涙の結晶を天に送る
自然のしぐさ
のことかしら
いずれにしても
僕のはどうにも
効き目がないんだ
たぶん
世界中に毎日 絶滅している生物が たくさんあると聞くが その終わりはきっと 人知れず あっけないものなのだろう 終わってみれば 結構あっけないものなのだろう 終わったんだか 何だか よく分からないような ささいな 出来事なのだろう 亜熱帯の森林が伐採され 地球のオゾン層が破壊され 物言わぬ海に 最後のツケは回され 人間の横暴を責めてみるのも 何だか絶望的に思われるばかり 今さら原因が何かと 問い直してみたところで たいした手だては見つからない みんな 自分のことだけで 精一杯なのだから 「たぶん それでいいんだよねえ」 そんなふうに 大概のものは 結構あっけなく終わるものなのだから 人の人生が 終わるときであっても そしてたぶん 人の歴史が 終わるときであっても 「たぶん それでいいんだよねえ」 いいわけないじゃないか! と だれでも口を揃えて言いはするだろうが
もしもの決意
尊敬できない在り方を もしもしなければならなくなって そのときたとえ渋々でも 自分をすっかり明け渡すような 最低のことにでもなったなら 僕は是非とも願い下げです この世にそうやってまで存在すること 神様と仏様とお母様に申し出て 潔く辞退しなけりゃ居られません 僕は是非とも願い下げです 自分がちっぽけで だれからも尊敬されないのは それはそれで平気だけれど たったひとり 自分にくらい尊敬される 生き方を選びたいので 死に方を選びたいので
少女
夏といえば 爽やかな色の 水玉模様のワンピースを着た 少女を思い出すのはなぜだろう そのくせ だれということもなく 顔なんかどうでもいいと考えながら 十歳くらいの少女の姿を思い浮かべている しかもだ やっぱりどこのだれかしらと不思議に思っていて しきりに昔知っていたその年頃の少女を 思い出してみるんだが ピンと来ないままたいがい 別のことを考え始めてしまううち紛れてしまうのだ
昨年と同じく
昨年と同じく 北海道に行けたら 行こう 昨年と同じく 列車の中で人と親しくなり 昨年と同じく 海や山や湖で じっくりと思ってみるとしよう 昨年と同じく 本当の自分と 落ち合えるかもしれないから 昨年と同じく 行けたら