やっとのことで巡り会えた 嬉しくて だれかに言いふらしたいけれど まだだめ 勿体なくて 話す相手だって 念入りに人選しなくちゃ
馬鹿を言う
こんな僕を好きだと 世にも奇妙な 馬鹿を言う あんまり珍しいから 君を抱きあげて そっと宝箱に しまうとしよう
泥棒
君の睡眠不足 睡眠時間を盗んだのは、 誰あろう 他ならぬ私です 心を ありったけ盗まれた 素敵な泥棒さんへの ちょっとした仕返しに
甘味
そう そのことば できることなら 紅茶に溶かし込んで 一滴残らず 飲んでしまいたい 私の ありったけで 慈しみながら
イチゴ
真夜中 暗い部屋のなかで わけの分からないことを 相部屋の二人が 楽しそうに 会話していましたので 私が それってどういうこと と訊いてみたところ 返答はありません 耳を澄ますと すやすやと 二人とも静かな寝息を 立てていました 次の日 確かめてみたところ 二人の記憶には 内容どころか 会話していたことさえ 残ってはいなかったのです たしか イチゴに関する真剣な 会話だったような気がします 何が問題になっていたのか それは忘れてしまいましたが 謎をかけられた私は 闇の中に一人取り残されて しばらく眠れず ぼんやりと考えるうち やがてうやむやに 眠りに落ちて行ったのでしたが
記憶
車で 少し外に出かけたとき 助手席で母が泣いた だからその時は 父の 偉かったところなんかを 語り合ってみた 父は 病床にあっても 絶えず母や私の身を 気遣っていたし 決して周りのだれかに 辛く当たったりすることも わがままを口にすることも なかった 言い出したら 強情だけど この十年くらい ほとんどのことを 母が言うとおりに 子供みたいに 素直に受け入れていた 母が交通事故に遭って 長く入院していたあいだも 文句ひとつ言わず せっせと病院に通いながら 買い物や家事を立派にこなし 私の面倒まで よく見てくれた 《優しい 人 だった なぁ もう 少し 母と 過ごせる 時間が あればよかったのに》 そう思ったが 口には出さずに 私はそのまま黙りこんだ 母も 黙りこんで 遠くを見ていた
風邪
今日は みぞれがびちょびちょと降っていた 冷たくて 急に君がどうしてるのか気になって 息ができないくらい 悲しかった どうやら 風邪をひいたみたいだ
系図
どうしてお父さん あんな夢 見させるのかしら 何か あるのかしらねぇ お墓のこと ちゃんとしてくれてるのかしら 十年ほど前に 亡くなった祖父を 母は今日 夢に見たのだという 鹿児島に帰ってきたら? 今年は帰ってないでしょう じいちゃんのお墓参り 親父と行っておいでよ そのほうがいい 帰郷を勧める私の言葉に 母は三回ばかり うなずいてみせた あんなお父さん 初めて見た 今日のお父さんたら 家に帰ってきて 疲れたぁって 台湾にいたときの家なのよ ほんとうに疲れた顔で へなへなって 疲れたぁって 小さく 座り込んじゃった・・・ 最後まで言い終わらないうちに 母は声を詰まらせて泣きだしてしまった 黙って母を見るうち 今は一人 遠くで暮らしている祖母の 懐かしすぎる眼差しが どうにもこらえがたい勢いで 私を強くかき回し始めていた ああ ばあちゃん
願い
めぐみは僕に お返しなんかくれるなという 素直に甘えられる幸せの傍らで お返しをしたい僕の願いが べそをかきながら 迷子みたいに立ちすくんでいる
「人魚とパチンコ」-挽歌ではなく-
パチンコは歌う 遠くから歌う 遠い海で 人魚は岩の上にいて ハープの音色で船乗りたちを いつの間にやら虜にしていた パチンコは おいらの心の中にいて 妙に電気的な音楽と 明滅する光を繰り返し チリリリと落ちてくる豪奢な音と 指先が覚えた金属玉の重みとで 甘美においらを惹きつけ尽くし いつの間にやら虜にしていた パチンコは笑う いつだって笑う 人魚は船乗りたちの命を奪った だれしも気づかぬはずとてないが だからといって 身動き一つもできはしない 一度たりとも 微笑みかけられたら終わり もはや為すすべありはしない とっくのとうに 魔法はかけられてしまっている ただの石塔になっているのだ おいらの中には あいつの無機質な歌と笑いが 不敵に飽和し続ける