旧道のトンネルの中は
いつも暗く
ひんやりとしている
まるで永遠のような
その静寂の中を
ひときわ冷たい水の
雫の落ちる音が
響くとき
響くとき
少しだけ
時間の流れがひずんで
後戻りするんだが
後戻りするんだが
水平線
水平線がまあるく どうやったら見えるんだろう まだ本当には そう見えたおぼえがないんだ ないしょだけど
東京特許許可局
誠に月並みですが 東京特許許可局 よく言われることなんですけれど 東京特許許可局 本当のところ私どもとしましては 東京特許許可局 なにぶん戸惑うことばかりなもので 東京特許許可局 時代時代と諦めればよさそうなものを 東京特許許可局 やりたい人がやればいいんでしょうが 東京特許許可局 お詫びといっては不具合もありますわけで 東京特許許可局 我慢がならぬと怒ってみたところで 東京特許許可局 結局のところにっちもさっちも行かず 東京特許許可局 鴬が鳴きます 東京特許許可局 鴬が鳴きます 東京特許許可局 鴬が鳴きます 東京特許許可局 東京特許許可局 東京特許許可局 ・・・・・・
蛍
夏休みで田舎に帰った僕たちが 「ひと夏に一度そこで河童が足を引く」 とか言う神秘めいた噂をしながら 冷たい小川の淵で毎日泳いでいた頃だ あれはまだ 地球の温暖化なんか だれも言わなかった頃だろう 月の出ない真っ暗な夜 だれかが持ち出した懐中電灯の明かりを頼りに 蛙たちの控え目に鳴く響きの中 いとこたちと一緒に僕は冒険に出た 今思えばあれはたぶん 流星群が来ていたのだろう 次々と星が流れた 見上げたまま僕たちは黙っていた 懐中電灯も消していた 互いの顔も見えない闇の中に 僕たちは動かなかった 僕は顔を空に向けたまま 目を上下左右に動かして 足元から切れ目なく繋がっている 真っ黒な宇宙を見た 蛍が飛んできた はるか静かに 淡く涼しい光が ゆっくりと繰り返され 僕たちの側を流れた それほどの闇の中で 蛍がだれかにぶつかるのではないかと 要らぬ心配をしながら 確か成虫になってから蛍は 何も飲み食いしないまま死ぬのだったと 僕は思い出していた そしてそれこそ 僕は自分の呼吸する音なんかよりも 確かなる生というものを意識したのだ あれから ときどきのことなんだが 僕には 蛍ばかりではない そこらにいる他の虫たちのお尻さえ ほうほうと光りを放ち始めるのではないかと思われたものだ あの時 流れる宇宙的時間の中で さりげなく生命を灯してみせた 蛍はどこ? 逃がしてしまったきりそれきり見ない
金魚すくい
薄紙を張ったポイも ずいぶんと近代的になりましたがね 子供はやっぱり金魚すくいが好きと見える その小さな生け簀の 周りに小さい手を並べて 順番を待っていたりするにも楽しそうだ すぐに薄紙が破れてしまって ハイ残念でした と言われて一匹の金魚を渡される時 ちょっとだけつまらなそうではいても 子供はけっこう潔い そのときの子供の瞳には 確かに現実というものが 親しげに微笑んでいるのだ 本当のことを言えば 金魚すくいというものが 優しい表情の陰で 鋭くにらみつけているのだが…… (たぶん 遠い昔から)
今
夕焼け雲の赤く染まったつかの間 ひまわりに風がそよぎ その背丈とちょうど同じくらいの少年が そばで葉の手招きに会って立ちすくんでいる 夕焼けのほんのつかの間 風に乗ってどんどん雲は流れ その向こうの空は明るい水色に 光っている 雲の厚みは絶望的であり その下の真っ赤な色が 少年に告げる ほら 今こそ 今なんだと
しろつめ草
校庭の片隅で見つけた
幸運の小さな象徴(しるし)
「ほら 四葉のクローバだよ」
「クローバ? 四葉の? ほんとだ!」
「あげるよ」
「わあ ありがとう」
初夏の
うららかな昼休みは
清々するくらい
明るくて綺麗だ
明るくて綺麗な昼休みであっても
そう単純にゆくことばかりではない
「ほら 四葉のクローバだよ」
「先生はそんなことやって楽しいんですか?」
なんて言いやがる奴だっている
そりゃあないんじゃないか
と思いながら
「四葉のクローバ 幸運の象徴だよ」 /しるし
と胸のポケットに無理やり挿し入れてやる
そうしたら
あきれたみたいな顔して見ていやがる
しろつめ草はポカポカした太陽をたくさん
浴びて育っているんだから負けない
昼下がり
平和な海の掟に 松の梢はうっとり酔い ほうっと明るんだ空が 妖怪を称えあげて光り ジュネーブに飛んだ姉の 手首にはブレスレット 細いブレスレット 鎖につながれた 奴隷の憂い 静かな 海の憂い らっきょうが ガリリと音を残す そういう夏の昼下がり
紋白蝶
ぼんやりと 海をあこがれていると 微かな風が吹いてきた 遠くに 紋白蝶が振り子のような 往復運動をしているのが見える ずいぶんと遠くなのに どういうことだろう はっきり見える 夏が近付いたための 僕の悲しみのせいかもしれない そんなくだらない考えが 遠くを往復運動しているうちに 紋白蝶を見失った ぼんやりと 海をあこがれていると 微かな風も吹いて来ない どちらにしても 夏が近いということだろう
女生徒
空が暮れて さっきからしきりに 僕を誘っている。 ずいぶんと色っぽいじゃないか。 僕は心の中で呟き そのまんま座っている。 そうして空はどんどん 暮れてゆき もはや闇は 少しも僕を誘わない。