〈あのさ あのね〉 胸がどきどきして 全身の 隅から隅まで 一瞬のうちに フツーでは なくなってしまう 〈そうなんだ いつも〉 そんな自分を どうすることもできないで 一番 なって欲しくない時に しどろもどろ 持て余してばかり 〈やれやれ 参るね〉 少しも 成長してくれない 少年じみた頼りなさに あらゆる自信を なくしてしまいそうな 恋はどうにも 苦手なぼくだよ
失恋
絶望に 打ちのめされた魂は 修復のため あれこれ施される すべての急場の修繕まで 少しも喜ばず 徒労に変えて しきりに 震える そういう 本物の恋をした
問い
本当にこうするより 他に方法はなかったのだろうか そんな考えが 私の中で渦巻いて消えない 悲しくて 悲しくて 悲しくて ありったけの自分が 問い続けてやまない 君は 今頃どうしているんだ
ネット恋愛
最後まで 生身の人間として 扱ってもらえなかったことを思うと 今にだって涙が出てくる 思わなければよいと言われても そのことばかりは いつも思われてならない この存在は最後まで 電気的信号に過ぎなかったのかと 自分を憐れんで ひたすら無口に うづくまる
別れ
一緒の時に 私たちをつなぐのは いつでも言葉だけだった そんな中 ほんの少しの思い出も いつのまにだか できていた イルカや和菓子やおむすびに あなたの笑い声を 思い出すだろう ローリンやベビーフェイスを耳にして あなたの声を 懐かしむだろう どこかで多喜二の名に会えば やっぱりあなたを 考えるだろう 五月には 私のこの動揺と併せて 誕生日ごとに 亡くなった両親に 詩をこしらえて送る 心優しい女性がいたことを 私はきっと思うだろう 果たされなかった約束も とても全部は忘れられない 二人の出会いが生んだ詩も 不細工な思い出として 古びてほこりを被るのだろう せめては ほんの慰みに 「小箱」の奥に そうっとしまって 大事に愛おしみ続けるとしよう
罪
恋することは 罪ではない と思うけれど それを打ち明けることは 罪となりうる
こころ
こころってヤツは 意志とか 理屈なんかより 自分が上等だと 思っているんだ きっと
カタブツ
もっとも難しいのは 自分自身 というモノみたいだ 自由に上手く コントロールできると いいのに 半端とかなんとか くそくらえだ 我がままも 頑固さも ぶっこわれちまえばいい そんなことを考えつつ 自分自身に 諦めさせようと 努めているんだが これがまた難しくて カタブツなんだ
結び目(亡き父に)
最後に入院する少し前 力無げな声で 「疲れたから休んでいるんだ」と 座り込んだまま答えたあなたの姿が 私の中によみがえって 静かに微笑みかけてくれるけれど 私はあなたの そんなにも優しい表情に いつになったら 微笑み返せるんだろう 限りある時間のひととき 小さな庭木の一本にも あなたは視線を惜しまず遣って 本当はしゃがみ込むのもつらかったくせに だれもがかじかんで身をすくめる やりきれない木枯らしの中 日に日に頼りなくなってきたその手を きっと自分でもじれったく ぎこちなく動かして ひとつひとつ丹念に くくりつけていったんだろう 冬の邪な風が荒っぽく吹いても 倒れたりなどしてしまわぬように きちんと添え木を立てては 頼りない裸の枝ごとに 紐をゆるやかに巻きつけ 丁寧に結び目を こしらえたのだろうあなたの手 いつでも決まって 私の生きてきた傍らで あなたはそんなふうに いてくれたんだ 初めて買ってもらった 野球のグローブを取り上げられ 仲間たちにいじめられていた 夕暮れ時の広場 思いがけず 現れたあなたの顔を見つけるなり こらえていた涙が急に溢れだし 遮二無二 あなたの懐に駆け込んで 声を上げて泣きじゃくった 幼い日の私 あなたを思えば そんな遠くにまで 理不尽なほど 瞬時に戻って行ってしまうんだ 結び目はどれもこれも 切ないほど控えめに 置き去りにされたまま在り続ける そのひとつひとつ 無造作にあなたらしくて それだから ひたぶるに泣きたくなってしまうんだ
風邪
今日は みぞれがびちょびちょと降っていた 冷たくて 急に君がどうしてるのか気になって 息ができないくらい 悲しかった どうやら 風邪をひいたみたいだ