今日も 嬉しいことを 言葉にしてくれましたね 私の思いが 絶望してしまわないように 細心の優しさを ふうわりと添えて
罪
恋することは 罪ではない と思うけれど それを打ち明けることは 罪となりうる
こころ
こころってヤツは 意志とか 理屈なんかより 自分が上等だと 思っているんだ きっと
一番星
冬の木立に風が吹く 一番星の輝きだす頃 お日様に取り残されて 男はとうとう 肩をすぼめて立ちすくむ 野良猫がにゃあと鳴き その瞬間に振り向いた男の 疲れた視線は魔法となって 野良猫を見事に射止める 互いに見つめ合うのは 男と女 ではなく 男と野良猫 猫の立派な長いひげに ひゅるるぅとまた風が吹くと 男のそり残しの情けないひげにも ひゅるるぅとまた風が吹く それもまもなく 男は猫にさえまた取り残される なんとしようにも 一番星は金星なのだ
無言
i 僕は 何も言わない 何も 僕が言わない時 僕は 何も言いたくない そうでない時は 僕は 何も言えないのである たとえば 今のような あきらめきれない時などは ii 無言の味は 羊羹に似ている 特に 食いすぎた時の 最後のかけらに iii 堪え切れず 幼い頃の歌を口ずさんでも 僕の心は 無言のままだ iv 無言のゴリラと 無言の僕と どちらにより多く価値は存在するか 「価値観によって答えは異なるだろう」 大方は その程度のことで お茶を濁しておくのに限る v 無言のまま 死んでしまいそうだ 子どもの手の中の かぶと虫のようだ
人生
何ゆえの 体罰であろう そんな風に 疑い続ける 自分がいる こんな 自分のためになら 体罰にも 耐えていけそうな 気がする
途上
飲んだっくれて 日が暮れて 誠心誠意 くれどおし しらばっくれて グレてみる 連れに逸(はぐ)れて 途方に暮れて 食いっぱぐれて 風が吹く そぞろ歩きの みちの上
霙(みぞれ)
霙の中を 卒園式帰りの母子が 傘をさして通り過ぎます 着飾った若いお母さんは 子供の制服の胸にあるリボンと ちょうど同じようなピンクの きれいなスーツを着ているのです 冷たい霙は 傘の上にもうっすら積もって 子供の黄色い傘には ちょっと重たそうに思われるのですが どうやらへっちゃらみたいに ぜんぜんお構いなしに 子供は飛び回って歩くのです 茶色い雨傘の中で それを微笑ましく眺めながら だれが立ち止まってみても 何者も気付きはしない! そういう春の昼下がり 冷たい霙は 一向に降り止みません 冷たい霙は 私の上にも積もっているのかと そうやって思い至ってみると それは何だか結構うっとうしく やけに重たく 道端でふと 何だか泣きたいような気分になって けれどまた もう一度歩きだすより他に 私にはなかったのです
昨年と同じく
昨年と同じく 北海道に行けたら 行こう 昨年と同じく 列車の中で人と親しくなり 昨年と同じく 海や山や湖で じっくりと思ってみるとしよう 昨年と同じく 本当の自分と 落ち合えるかもしれないから 昨年と同じく 行けたら
みみずの死
どくだみの花が咲く 初夏のベッドで 僕は気ままに生きていた そこが 僕の全ての生涯の在り処 それでよく それでしかなく 土の臭いはそのまんま僕の 生と死を抱く 優しい場所であったのだ どこに行こうという望みも ありはしないし 今までだって持ちはしなかった 十分な安穏に 時たま寝返りを打つことくらいが 僕の仕事で そのままいることにだけ 僕の生活は終始するはず それでよかった 遠くで かあかあかあかあ かあかあかあかあ 鳴く鳥も 僕は一度も見たことはないが それはそれで 別にどうでもいいことだった あたたかい 黒い土に 僕は愛されていると思っていたからだ 愛していたからだったろう そうだったろうと思うのだ なのに 突然だ 僕は子供の持つ棒きれにひっかけられ 落とされてはまたひっかけられ かたくて熱く焼けた日向のコンクリートの上に運ばれ のた打ちまわり あえぎ 見たこともないその場所でいたぶられ 孤独の中で絶望し ひからびていく自分を どうすることも できないまんまひからびていった 見たこともない光という光が 青い色のどんどん濃くなっていく空が 僕の目には映っていた 僕はその時ふと ああ これが死というものなのかと はじめてわかった