金木犀の花の 潔い真剣さに後ろめたくて 宇宙がすすり泣いている けれん味のない沈黙がやがて ため息になりはしまいかと ついと悲しんでしまう 僕の習性 おびえにも似ている 僕などは まだまだいい方なのだと しきりに心で呟くと なんだなんだなんだ 何がいいんだかちっともわかりゃしない そう思いながら少しは慰む 秋の夕暮れ
夏
明るい蜃気楼がそっと遠のき ふと我に返ると 人々はその傍らに ほこりと蜘蛛の巣とかびの領分と化した 古臭いあばら屋を見出だすであろう まもなく それが自らの帰るべき住み処であったことを どこか見覚えのある調度から認めねばならないであろう 同時にそうすることの空しさをわかりながら きっと呟くであろう 《まさか こんな はずでは》 人々はそして もしや長い長い魔法にかかっていたのかしらと やっとのことで思い至るであろう だれかにささやかれた 忌まわしいまじないの言葉が そう言えば と思われてくるであろう やがて柔らかな愁いが 心の中にはびこって 無数の蜘蛛の巣のように きれいに幾何学模様を作っているのを もはや諦めた顔つきで ぼんやりと眺めるであろう もちろんそれは これまでの時間を鮮やかに記念して 静かにきらきらとか細く揺れて 静かな光を放ち続けるであろう
仕事
雨のようなもので
どっちみちなるようにしかならないのだが
てるてる坊主を作ったり
雨乞いの神事をしたり
ずいぶん熱心にやってみたりするのだから
それも大真面目で
やってらんないくらい胸が痛むんだ
自分の仕事の意義を
何とか見つけ出さないじゃいられなくて
人間てけなげだ
俺らもけなげだ
けなげだけれど
やってらんないくらい胸が痛むんだ
だるまと車掌
奴の現在の在り方を、例えば「忘れられただるまさん」と言うことができる。人々の幸せを祈りながら、ただじっと、手も足も出せないまま黙っていることより、仕事はない。その上、いつの間にかだれもがその存在を忘れている、いつまでも両目を入れてもらえない、そういうだるまさんが、よくある、それだ。
また、例えば「ワンマンバスの車掌」とも見ることができる。既に役割は無くなっている、今の状況を分かりながらも、お客さんとは違うだけの気持ちを持っているのだから、質がよくない。結局のところ、お客さんと同じように座って、終点までバスに揺られるよりない。もう、役割は既に終わっているのだ。お客さんならば、目的地に着くためにバスに乗っているわけで、それでいいと言えるんだが、目的とすることを何もしないまま終点に降り立った車掌は、ようやく、自分の存在価値を、考え始める。
いつの時代も、時の流れとともに、必然的に不要のものとなり、歴史の彼方へと、忘却の彼方へと、いつの間にか遠ざかるものがある。そういうとき、ほとんどのものはひどくさりげなく、消え、あまりに静かだ。それが引き際の理想、だから、達人のように、奴もそういう風にやってみたかったが、そこまで自然にはなれなかった。どんどん廃れる自分を、そこまであきらめきれない、奴は達人にはなれなかった。
そうして、ほこりを被っただるまさんは、というと、ついに旅に出る、決心をした。一方、不器用な車掌さんは、というと、ついに転職の、決心をした。ちょっとばかり、遅すぎる決心ではあるのだが。
考えてみりゃ、滑稽な話、それでおしまい。
御坂峠
開けた景色が見たくなって BMWで御坂峠に行った 学生時代 太宰さんのいしぶみを訪ねた 富士山と河口湖の 大きな景観 真っ暗なトンネルの手前 なんだか淋しいような気になる あの 御坂峠 「月見草」の碑の前に立ったら 二十歳の頃に愛した人を どうして失ったのかと ついといたたまれなくなって 天下茶屋の山菜そばを喰い 元気になったようなつもりで 帰ってきたが
大砲
ずどんと大砲が鳴ったあとの 僕の心の中を支配する余韻が しつっこくてやりきれない 頭痛のガンガンする痛みには もうあきらめもあるが しかし 僕の心の中を埋め尽くすもの 大砲の余韻が鳴り止まないのだ 大砲は僕の上にある未来をめがけて そこには多少のデフォルメもあろうが 図太くて鈍い音とともに 天高く打ち上げられたのだ それなのに まだ砲丸は落ちて来ない 落ちて来ないが 空砲などではあり得ないはず 確かに それは僕が打ち上げたのだ いつもいつも ずどんと大砲が鳴ったばかりで 余韻が鳴り止まないまま 砲丸もまだ落ちては来ない
水辺で
源五郎の棲む池のほとりを 小さな竜巻(つむじかぜ)が訪れたとき 葦たちは穂先をなびかせて歌った 理不尽であればあるほど 風は期待を 唆(そそのか)すもので いわば竜巻などは 葦たちには夢みたいなものなのだ 葦たちの騒ぎ様ときたら尋常ではない 我こそはと一斉に歌い出すのだ 小さな竜巻にとりすがるように踊るのだ よほど思い詰めていたのだろうか 水辺に棲むことに あるいは倦んでいたのだろうか この時とばかりに 狂ったかのように 源五郎はあきれて見ていたが まもなく 「阿呆らしい」 と 小さな声を投げ出し すうい と 泳ぎ始めた そんな折だ 葦というのは本来 それぐらいの竜巻で抜け飛ぶようなものではないらしいのだが 一本の葦が飛んだ その小さな竜巻が巻き上げたのだ だれもが「ああ」という微かな声を漏らした 同時に風は去り 辺りは静かになった 竜巻と一緒に舞い飛んだ葦も どこかへ消えた 池の水面がまだ激しく波立っていて 源五郎は泳ぎにくいのにうんざりしたけれど やがて生涯を愛するかのように 「面白い」 と 一言呟く
秋
紅葉を待ち受ける木梢 仕事は終わりに近づいたとささやく木梢 天が澄んで懐かしいほどに ふと昔の夢が微笑みとなって うっかり口をつく僕の口癖 「これが潮時……」 冴えた空気と穏やかな陽光 コンチェルトみたいに戯れ合い それはそれは静かに流れる しかしね おまえたち そろそろ覚悟を決めておこうよな これからの風は いよいよ冷たくなっていく はじめから 決まりきってるんじゃないか
馬鹿
夢を追いかける人のきららかな表情を すっかり信じて微笑する 僕は馬鹿だよ ひたむきに行う人の 明るい顔を見ていると 悲しむべき僕の感情がついにはなくなり 嬉しいばかりの僕が出来上がって 得意になる 僕は馬鹿だよ 《「純粋」などあるわけないさ》 そうだろうか そりゃあ僕にも分かっている(分かっていない?) 分かってはいても もっと何かありそうに思われて 諦めきれないでいる 僕は馬鹿だよ 馬鹿でもいい なんて開き直る 僕は馬鹿だよ
人生
へたをすると 馬鹿馬鹿しい芝居にだって 心の底から笑うようになる 心の底から泣くようになる あるいは どちらもできなくなる