捧げられた「祈り」の分だけ
人々の生涯は
確かに幸せになって
きたのだろうか
信仰というものが
ろくにないんだから仕方も無いが
僕の場合にはどうにも
祈りという祈りが
いつもいつも
無力だった気もする
祈りというのは
限界にまで至ったときの
無意識の呟き
のことかしら
全力の果てに絶望がつくりだす
まじないのことば
のことかしら
言葉にもならぬまま昇華する
涙の結晶を天に送る
自然のしぐさ
のことかしら
いずれにしても
僕のはどうにも
効き目がないんだ
捧げられた「祈り」の分だけ
人々の生涯は
確かに幸せになって
きたのだろうか
信仰というものが
ろくにないんだから仕方も無いが
僕の場合にはどうにも
祈りという祈りが
いつもいつも
無力だった気もする
祈りというのは
限界にまで至ったときの
無意識の呟き
のことかしら
全力の果てに絶望がつくりだす
まじないのことば
のことかしら
言葉にもならぬまま昇華する
涙の結晶を天に送る
自然のしぐさ
のことかしら
いずれにしても
僕のはどうにも
効き目がないんだ
「奈津子は初めからいなかった」 そう言っても 何も差し支えはないんだが…… 子供らに人生なんかを説いて 僕の人生が終わってゆく 終わってゆく 馬鹿げちゃいるが もしもの話 誕生したその時 終わっていたと仮定したら 僕という存在は どこへ向かって行ったのだろうか 奈津子の遺影が 仏壇の中から 前触れなく消えた そういう日があった 古びた小さな木の額ごと 白黒写真が消えていた 確か 僕が高校生だった頃だ その子のために用意された 白い産着に包まれて眠る 奈津子という名の 赤ん坊の写真が消えた (奈津子というのは 僕の姉として存在したはずの 一度も存在しなかった人の名だ) 僕はそのまま 取り立てて聞こうとも しなかった そのまま 奈津子の写真が戻らない それならそれで きっといいのだと思ったからだ 僕の人生が 今 あるように 奈津子の人生は あるはずだったろう 父や 母の 人生があるように 奈津子の人生は あるはずだったろう 僕は小さいときから 姉さんが 確かにいるような気でいたんだ 馬鹿げちゃいるが 僕の人生と一緒に(僕だけじゃない?) 奈津子の人生はあったのだ ……そういう気もする 今だから言えるんだが
霙の中を 卒園式帰りの母子が 傘をさして通り過ぎます 着飾った若いお母さんは 子供の制服の胸にあるリボンと ちょうど同じようなピンクの きれいなスーツを着ているのです 冷たい霙は 傘の上にもうっすら積もって 子供の黄色い傘には ちょっと重たそうに思われるのですが どうやらへっちゃらみたいに ぜんぜんお構いなしに 子供は飛び回って歩くのです 茶色い雨傘の中で それを微笑ましく眺めながら だれが立ち止まってみても 何者も気付きはしない! そういう春の昼下がり 冷たい霙は 一向に降り止みません 冷たい霙は 私の上にも積もっているのかと そうやって思い至ってみると それは何だか結構うっとうしく やけに重たく 道端でふと 何だか泣きたいような気分になって けれどまた もう一度歩きだすより他に 私にはなかったのです
誠に月並みですが 東京特許許可局 よく言われることなんですけれど 東京特許許可局 本当のところ私どもとしましては 東京特許許可局 なにぶん戸惑うことばかりなもので 東京特許許可局 時代時代と諦めればよさそうなものを 東京特許許可局 やりたい人がやればいいんでしょうが 東京特許許可局 お詫びといっては不具合もありますわけで 東京特許許可局 我慢がならぬと怒ってみたところで 東京特許許可局 結局のところにっちもさっちも行かず 東京特許許可局 鴬が鳴きます 東京特許許可局 鴬が鳴きます 東京特許許可局 鴬が鳴きます 東京特許許可局 東京特許許可局 東京特許許可局 ・・・・・・
尊敬できない在り方を もしもしなければならなくなって そのときたとえ渋々でも 自分をすっかり明け渡すような 最低のことにでもなったなら 僕は是非とも願い下げです この世にそうやってまで存在すること 神様と仏様とお母様に申し出て 潔く辞退しなけりゃ居られません 僕は是非とも願い下げです 自分がちっぽけで だれからも尊敬されないのは それはそれで平気だけれど たったひとり 自分にくらい尊敬される 生き方を選びたいので 死に方を選びたいので
少年には見えたかしら。
太陽を乗せて自転車は風となり
季節は秋を急ぎ
少年は振り向かない
ひまわりはただ
そっと
思うばかりだ
夏休みで田舎に帰った僕たちが 「ひと夏に一度そこで河童が足を引く」 とか言う神秘めいた噂をしながら 冷たい小川の淵で毎日泳いでいた頃だ あれはまだ 地球の温暖化なんか だれも言わなかった頃だろう 月の出ない真っ暗な夜 だれかが持ち出した懐中電灯の明かりを頼りに 蛙たちの控え目に鳴く響きの中 いとこたちと一緒に僕は冒険に出た 今思えばあれはたぶん 流星群が来ていたのだろう 次々と星が流れた 見上げたまま僕たちは黙っていた 懐中電灯も消していた 互いの顔も見えない闇の中に 僕たちは動かなかった 僕は顔を空に向けたまま 目を上下左右に動かして 足元から切れ目なく繋がっている 真っ黒な宇宙を見た 蛍が飛んできた はるか静かに 淡く涼しい光が ゆっくりと繰り返され 僕たちの側を流れた それほどの闇の中で 蛍がだれかにぶつかるのではないかと 要らぬ心配をしながら 確か成虫になってから蛍は 何も飲み食いしないまま死ぬのだったと 僕は思い出していた そしてそれこそ 僕は自分の呼吸する音なんかよりも 確かなる生というものを意識したのだ あれから ときどきのことなんだが 僕には 蛍ばかりではない そこらにいる他の虫たちのお尻さえ ほうほうと光りを放ち始めるのではないかと思われたものだ あの時 流れる宇宙的時間の中で さりげなく生命を灯してみせた 蛍はどこ? 逃がしてしまったきりそれきり見ない
薄紙を張ったポイも ずいぶんと近代的になりましたがね 子供はやっぱり金魚すくいが好きと見える その小さな生け簀の 周りに小さい手を並べて 順番を待っていたりするにも楽しそうだ すぐに薄紙が破れてしまって ハイ残念でした と言われて一匹の金魚を渡される時 ちょっとだけつまらなそうではいても 子供はけっこう潔い そのときの子供の瞳には 確かに現実というものが 親しげに微笑んでいるのだ 本当のことを言えば 金魚すくいというものが 優しい表情の陰で 鋭くにらみつけているのだが…… (たぶん 遠い昔から)
空には空の 事情というものがございましょうものを 花火の奴ときた日には お構いなしにシュルドンと鳴り 平穏な空のひとときの安息を打ち破るのでありました 空はそれでも 別に文句など言うでなく 首をちょっと傾げたふうに ほほえむばかりで 永遠といったものはこれくらいのものだと まるでひっきりなしの花火を 許しているのでありました
どくだみの花が咲く 初夏のベッドで 僕は気ままに生きていた そこが 僕の全ての生涯の在り処 それでよく それでしかなく 土の臭いはそのまんま僕の 生と死を抱く 優しい場所であったのだ どこに行こうという望みも ありはしないし 今までだって持ちはしなかった 十分な安穏に 時たま寝返りを打つことくらいが 僕の仕事で そのままいることにだけ 僕の生活は終始するはず それでよかった 遠くで かあかあかあかあ かあかあかあかあ 鳴く鳥も 僕は一度も見たことはないが それはそれで 別にどうでもいいことだった あたたかい 黒い土に 僕は愛されていると思っていたからだ 愛していたからだったろう そうだったろうと思うのだ なのに 突然だ 僕は子供の持つ棒きれにひっかけられ 落とされてはまたひっかけられ かたくて熱く焼けた日向のコンクリートの上に運ばれ のた打ちまわり あえぎ 見たこともないその場所でいたぶられ 孤独の中で絶望し ひからびていく自分を どうすることも できないまんまひからびていった 見たこともない光という光が 青い色のどんどん濃くなっていく空が 僕の目には映っていた 僕はその時ふと ああ これが死というものなのかと はじめてわかった