この しばらくの間 大切な時間が 動いていくような 記念 すべきことでいっぱいの 美しい日々です
約束
これまで互いの過ごしてきた すべての時間と出来事は この約束を果たすためのものだったと 僕は本気で口にする きっと君は いつものように ちょっとあきれて笑うだろう また大げさが始まったと 僕を思わず嬉しくさせる 可愛い声を野花に咲かせて 面白がるにちがいない 寂しさや孤独の涙も 挫折した悲しみも 捨てきれない不器用な結末も すべてが この日のための祝福だったと 思うことさえできもする どんなに辛い思いまで 残らず この一つの約束のために 特別に誂えられてきたものだったと 信じることさえできもする いつ約束なんかしたものかと 君がいたずらに僕を困らせても 僕はヘッチャラ そんなこと わかりゃしないに決まっている 互いが交わした約束事でもあるまいし わかろうはずなどあるものか 宇宙が始まったその時から この約束は ずっと守られるはずだっただけ 僕が真面目にそう言うと きっと君は また大げさが始まったと そよ風みたいに 笑ってくれるに違いない
プレゼント
サンタクロースが 二十年分くらい届け忘れていた 私へのプレゼントを ひとつに まとめて届けてくれた この日
感謝
今日も 嬉しいことを 言葉にしてくれましたね 私の思いが 絶望してしまわないように 細心の優しさを ふうわりと添えて
罪
恋することは 罪ではない と思うけれど それを打ち明けることは 罪となりうる
ガラガラ
このところ 風邪をひいても 酷使し続けているせいで 私の喉は 赤ん坊のあやし道具 「ガラガラ」 自分を まだ子供だとうそぶいては よくおどける 君をあやすのには 丁度よい道具かもしれないけれど 君が いつも聞いていたいと 願うくらいの魔法の声でも 出せたらいいのに 現実はどうにも 「ガラガラ」
その日
本当は いつも寄り添っていたい 朝から晩まで 一日中 ずっと寄り添っていたい 隣にいるという それだけでなく 生涯に 果たしてどれだけ そんな風に一日中過ごせるものか 二つの心は 寄り添うどころか ある時ふと 不用意に姿を現した 曖昧な隔絶によって ひどく 苛まれ続けたりする 愛することに挫けながら ついさっきの ほんの小さな出来事に やさしく助け起こされては また性懲りもなく 信じ直してみるんだ きっと あるに違いない 美しいその日
いい加減
時間は限りあるもので 個人の持っている時間は確実に減っていく 常に意識しているほど 無意味なこともないけれど たまにはどうしても 思ってみなければならなくなる 《何をしている 時間は過ぎるぞ》 それは 自分の過去が 証明してくれただけでも十分なのに 現在という 唯一コントロールが及ぶはずのものまでが ある時すまして その事実を突きつけたりもする 《何をしている 時間は過ぎるぞ》 もういい とっくのとうにわかっている なんにしろ やるだけやってみるより他に ないんじゃないか たいがい行き当たるのは そんな程度の いい加減
イチゴ
真夜中 暗い部屋のなかで わけの分からないことを 相部屋の二人が 楽しそうに 会話していましたので 私が それってどういうこと と訊いてみたところ 返答はありません 耳を澄ますと すやすやと 二人とも静かな寝息を 立てていました 次の日 確かめてみたところ 二人の記憶には 内容どころか 会話していたことさえ 残ってはいなかったのです たしか イチゴに関する真剣な 会話だったような気がします 何が問題になっていたのか それは忘れてしまいましたが 謎をかけられた私は 闇の中に一人取り残されて しばらく眠れず ぼんやりと考えるうち やがてうやむやに 眠りに落ちて行ったのでしたが
結び目(亡き父に)
最後に入院する少し前 力無げな声で 「疲れたから休んでいるんだ」と 座り込んだまま答えたあなたの姿が 私の中によみがえって 静かに微笑みかけてくれるけれど 私はあなたの そんなにも優しい表情に いつになったら 微笑み返せるんだろう 限りある時間のひととき 小さな庭木の一本にも あなたは視線を惜しまず遣って 本当はしゃがみ込むのもつらかったくせに だれもがかじかんで身をすくめる やりきれない木枯らしの中 日に日に頼りなくなってきたその手を きっと自分でもじれったく ぎこちなく動かして ひとつひとつ丹念に くくりつけていったんだろう 冬の邪な風が荒っぽく吹いても 倒れたりなどしてしまわぬように きちんと添え木を立てては 頼りない裸の枝ごとに 紐をゆるやかに巻きつけ 丁寧に結び目を こしらえたのだろうあなたの手 いつでも決まって 私の生きてきた傍らで あなたはそんなふうに いてくれたんだ 初めて買ってもらった 野球のグローブを取り上げられ 仲間たちにいじめられていた 夕暮れ時の広場 思いがけず 現れたあなたの顔を見つけるなり こらえていた涙が急に溢れだし 遮二無二 あなたの懐に駆け込んで 声を上げて泣きじゃくった 幼い日の私 あなたを思えば そんな遠くにまで 理不尽なほど 瞬時に戻って行ってしまうんだ 結び目はどれもこれも 切ないほど控えめに 置き去りにされたまま在り続ける そのひとつひとつ 無造作にあなたらしくて それだから ひたぶるに泣きたくなってしまうんだ