金魚すくい

薄紙を張ったポイも
ずいぶんと近代的になりましたがね
子供はやっぱり金魚すくいが好きと見える
その小さな生け簀の
周りに小さい手を並べて
順番を待っていたりするにも楽しそうだ
すぐに薄紙が破れてしまって
ハイ残念でした
と言われて一匹の金魚を渡される時
ちょっとだけつまらなそうではいても
子供はけっこう潔い
そのときの子供の瞳には
確かに現実というものが
親しげに微笑んでいるのだ
本当のことを言えば
金魚すくいというものが
優しい表情の陰で
鋭くにらみつけているのだが……
(たぶん 遠い昔から)

少女

夏といえば
爽やかな色の
水玉模様のワンピースを着た
少女を思い出すのはなぜだろう
そのくせ だれということもなく
顔なんかどうでもいいと考えながら
十歳くらいの少女の姿を思い浮かべている
しかもだ
やっぱりどこのだれかしらと不思議に思っていて
しきりに昔知っていたその年頃の少女を
思い出してみるんだが
ピンと来ないままたいがい
別のことを考え始めてしまううち紛れてしまうのだ

昨年と同じく

昨年と同じく
北海道に行けたら 行こう
昨年と同じく
列車の中で人と親しくなり
昨年と同じく
海や山や湖で
じっくりと思ってみるとしよう
昨年と同じく
本当の自分と
落ち合えるかもしれないから
昨年と同じく
行けたら

花火

空には空の
事情というものがございましょうものを
花火の奴ときた日には
お構いなしにシュルドンと鳴り
平穏な空のひとときの安息を打ち破るのでありました
空はそれでも
別に文句など言うでなく
首をちょっと傾げたふうに
ほほえむばかりで
永遠といったものはこれくらいのものだと
まるでひっきりなしの花火を
許しているのでありました

ふん

ふん踏んづけちゃったら くさいよ
ふんそのままにしないでよ
飼ってる人が片付けてよ
近くに水道があればいいけどね
なかったら
ちり紙でふいてもふんくさいのがとれない
新しいやつだととくに

すべり台

カツカツカツツ 階段を上り
そのてっぺんにある鉄のアーチに
ゴツンとぶつけてイテテと思ったが
だれも気づかなかったみたいなので
何もなかったふりですべり台を滑った
あとからさりげなく
頭をさすったらたんこぶできていた

うーわん
と吠えやがる
あの家の犬に
今日こそは仕返しに
うーわん
と吠えてやろう

そうだ
ついでに姪の由佳にも
うーわん
と吠えてやろう

そうして
あの家の犬に仕返しに
うーわん
と吠えてやったことをじまんしよう
「すごいだろ」ってじまんしてやろう

夕焼け雲の赤く染まったつかの間
ひまわりに風がそよぎ
その背丈とちょうど同じくらいの少年が
そばで葉の手招きに会って立ちすくんでいる
夕焼けのほんのつかの間
風に乗ってどんどん雲は流れ
その向こうの空は明るい水色に
光っている
雲の厚みは絶望的であり
その下の真っ赤な色が
少年に告げる
ほら 今こそ 今なんだと

みみずの死

どくだみの花が咲く
初夏のベッドで
僕は気ままに生きていた

そこが
僕の全ての生涯の在り処
それでよく
それでしかなく
土の臭いはそのまんま僕の
生と死を抱く
優しい場所であったのだ

どこに行こうという望みも
ありはしないし
今までだって持ちはしなかった
十分な安穏に
時たま寝返りを打つことくらいが
僕の仕事で
そのままいることにだけ
僕の生活は終始するはず それでよかった

遠くで
かあかあかあかあ
かあかあかあかあ 鳴く鳥も
僕は一度も見たことはないが
それはそれで
別にどうでもいいことだった
あたたかい
黒い土に
僕は愛されていると思っていたからだ
愛していたからだったろう
そうだったろうと思うのだ

なのに 突然だ

僕は子供の持つ棒きれにひっかけられ
落とされてはまたひっかけられ
かたくて熱く焼けた日向のコンクリートの上に運ばれ
のた打ちまわり
あえぎ
見たこともないその場所でいたぶられ
孤独の中で絶望し
ひからびていく自分を
どうすることも
できないまんまひからびていった
見たこともない光という光が
青い色のどんどん濃くなっていく空が
僕の目には映っていた
僕はその時ふと
ああ これが死というものなのかと
はじめてわかった

秋の夕暮れ

金木犀の花の
潔い真剣さに後ろめたくて
宇宙がすすり泣いている

けれん味のない沈黙がやがて
ため息になりはしまいかと
ついと悲しんでしまう
僕の習性
おびえにも似ている

僕などは
まだまだいい方なのだと
しきりに心で呟くと
なんだなんだなんだ
何がいいんだかちっともわかりゃしない
そう思いながら少しは慰む
秋の夕暮れ

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