記憶

車で
少し外に出かけたとき
助手席で母が泣いた
だからその時は
父の
偉かったところなんかを
語り合ってみた

父は
病床にあっても
絶えず母や私の身を
気遣っていたし
決して周りのだれかに
辛く当たったりすることも
わがままを口にすることも
なかった

言い出したら
強情だけど
この十年くらい
ほとんどのことを
母が言うとおりに
子供みたいに
素直に受け入れていた

母が交通事故に遭って
長く入院していたあいだも
文句ひとつ言わず
せっせと病院に通いながら
買い物や家事を立派にこなし
私の面倒まで
よく見てくれた

 《優しい 人 だった なぁ
  もう 少し 母と
  過ごせる 時間が
  あればよかったのに》

そう思ったが
口には出さずに
私はそのまま黙りこんだ
母も
黙りこんで
遠くを見ていた

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