最後に入院する少し前 力無げな声で 「疲れたから休んでいるんだ」と 座り込んだまま答えたあなたの姿が 私の中によみがえって 静かに微笑みかけてくれるけれど 私はあなたの そんなにも優しい表情に いつになったら 微笑み返せるんだろう 限りある時間のひととき 小さな庭木の一本にも あなたは視線を惜しまず遣って 本当はしゃがみ込むのもつらかったくせに だれもがかじかんで身をすくめる やりきれない木枯らしの中 日に日に頼りなくなってきたその手を きっと自分でもじれったく ぎこちなく動かして ひとつひとつ丹念に くくりつけていったんだろう 冬の邪な風が荒っぽく吹いても 倒れたりなどしてしまわぬように きちんと添え木を立てては 頼りない裸の枝ごとに 紐をゆるやかに巻きつけ 丁寧に結び目を こしらえたのだろうあなたの手 いつでも決まって 私の生きてきた傍らで あなたはそんなふうに いてくれたんだ 初めて買ってもらった 野球のグローブを取り上げられ 仲間たちにいじめられていた 夕暮れ時の広場 思いがけず 現れたあなたの顔を見つけるなり こらえていた涙が急に溢れだし 遮二無二 あなたの懐に駆け込んで 声を上げて泣きじゃくった 幼い日の私 あなたを思えば そんな遠くにまで 理不尽なほど 瞬時に戻って行ってしまうんだ 結び目はどれもこれも 切ないほど控えめに 置き去りにされたまま在り続ける そのひとつひとつ 無造作にあなたらしくて それだから ひたぶるに泣きたくなってしまうんだ
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