夏休みで田舎に帰った僕たちが
「ひと夏に一度そこで河童が足を引く」
とか言う神秘めいた噂をしながら
冷たい小川の淵で毎日泳いでいた頃だ
あれはまだ
地球の温暖化なんか
だれも言わなかった頃だろう

月の出ない真っ暗な夜
だれかが持ち出した懐中電灯の明かりを頼りに
蛙たちの控え目に鳴く響きの中
いとこたちと一緒に僕は冒険に出た
今思えばあれはたぶん
流星群が来ていたのだろう
次々と星が流れた
見上げたまま僕たちは黙っていた
懐中電灯も消していた
互いの顔も見えない闇の中に
僕たちは動かなかった
僕は顔を空に向けたまま
目を上下左右に動かして
足元から切れ目なく繋がっている
真っ黒な宇宙を見た

蛍が飛んできた
はるか静かに
淡く涼しい光が
ゆっくりと繰り返され
僕たちの側を流れた
それほどの闇の中で
蛍がだれかにぶつかるのではないかと
要らぬ心配をしながら
確か成虫になってから蛍は
何も飲み食いしないまま死ぬのだったと
僕は思い出していた
そしてそれこそ
僕は自分の呼吸する音なんかよりも
確かなる生というものを意識したのだ

あれから
ときどきのことなんだが
僕には
蛍ばかりではない
そこらにいる他の虫たちのお尻さえ
ほうほうと光りを放ち始めるのではないかと思われたものだ
あの時
流れる宇宙的時間の中で
さりげなく生命を灯してみせた
蛍はどこ?
逃がしてしまったきりそれきり見ない

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