Archives: 2020年10月10日

人生

何ゆえの
体罰であろう
そんな風に
疑い続ける
自分がいる

こんな
自分のためになら
体罰にも
耐えていけそうな
気がする

決心

引力の
てっぺんにある
ああまでくすんだ
空の色
私は
息を凝らして
また憎みなおす

ああまで
ひどい空の下に
いつまでも
あなたを
放ってなど
おけるものか

大切なものが
だんだんと駄目になる
そんなこと
どうあっても
辛抱がならないのだ

そのくせ
あの空を
澄んだものへと
変えてゆける術に
いつまでも
思い至りはしない
ただ
私の無能が
果てしなく
証明されつづけ
そうして
私の決心ばかり
虚しく強まる

泥だんご

泥だんごは
子どもの掌の上で
丹念に
丸められたあと
小さな手で
壊さないように
そっと並べられる
子どもは誇らしく
そして
透明な喜びに満ちて
笑う

すべては
忘却と現実とに
置き去りにされ
泥だんごも干からび
ひび割れてしまうと
子どもは
どこにも
もう見えない

泥だんごのかけらを
気づかず
知らず
踏みつぶして
踏みならして
だれもが日常へと
通り過ぎて行った

手紙

純粋な少女のくれた手紙を
古いノートの間に見つけた
私の書いた小さな詩を
とても素敵だと言ってくれたのだ

ためらいがないどころか
あんまり素直に心を打ち明けていて
私はなんだか今にも
優しい気持ちを誘われてしまう

あの娘が
どんな気持ちで手紙をくれたのかは
あの時にだって分かっていた
どんな気持ちで暮らしていたのかを
悲しいくらい私は知っていた

私の手元には
少女の純粋が今も残って
一つの勇気を与えてくれている
あの娘の手元にも
私の書いた詩が
まだ あるのだろうかしら

幻想

幻想を
危うく持ってしまう所だった

少年の頃
いつもいつもそれで悲しみ
私はそれが
不当にもその持ち主をいたぶることに
絶えず苛立たしさを感じたのだった
それから私は
次第に幻想という奴を
持たない癖になっていた

それが あの瞳!

あの瞳に見つめられて
私の中には
蘇りそうになったのだ幻想が!
私は身の危険を感じて
すぐさま
あの瞳から
私の目をそらしたのだったが
あるいはそれも
手後れだったか

今もずっと
見つめられているようで
私の目は
もう一度確かめたい
思いの中を
漂いつづける

変身

君はある時
自分が既に自分の手には負えないくらい
女になってしまっていたことに
思い至るであろう

少女は大人の女を
長く夢見てきたであろうけれど
そうしているうちに
いつのまにか
自分の知っている自分より
大人に見られている自分を見つけ
何か途方もないことを
しでかしてしまったと
うろたえるであろう

やがて
自分の心をも持て余すようになり
君はある時
無口な湖に変身するのだ
冷たく澄み切った水は乱反射し
小波がその
傷ついた悲しみをそこ深く沈めて揺れると
もはや君は戸惑わない

湖に生まれたばかりの水の濁りが
自分を持て余さないための
至上の勇気だと信じ始めるのだ

自然らしく

不安らしい瞳が
揺れながら僕を見つめる
何かを恐れている君のために
僕は大袈裟に決意する

宇宙よりも自然らしく
存在することを命にかけて

君の恐れているものは
僕であろう 友であろう そして
自分自身であろう
偽りであろう 裏切りであろう そして
信頼してしまうことであろう

そこにあるためらいが
そこにある君の瞳なのだ

世界の責任を
僕は一身に引き受け
空になり大地になり海になり
ちっぽけな僕など
一切をやめてしまって
僕は大袈裟に決意する

宇宙よりも自然らしく
存在することを命にかけて

道草

ランドセルを背負って
少年は
ついさっき送り出されたばかりだ
学校へと向かう途に
いつもと同じ
平凡な家並みが待ち受けて
少年に今日も教える
生きていくということの
ほとんどが繰り返しにすぎないことを

一方通行の細道
近づいてきたワゴンが
クラクションを鳴らしたのにはわけがあった

通勤時間帯の
裏道を通るサラリーマンにも
いくらかの良心は残っている
少年を驚かさないように
注意深く
手前から速度を緩めて行くうち
そのエンジン音に少年が気づけば
安全に通り過ぎることができる
それで良かった

少年は道の中ほどに佇んでいた
他の子どもらが遠くに歩いていたが
少年は一人だった
ズックの靴のつま先が
ためらいがちに動いている
煙草の吸殻が
一筋の煙をたち昇らせて
少年の視線を引きつけていたのだ

車の中からも
その煙は見えた
少年の可愛らしい好奇心に
サラリーマンは束の間微笑んだが
同時にクラクションを鳴らしたのだった

少年はぴくりと驚き
怯えた表情を見せて
ふらふらと道の傍らに寄る
ワゴンは一筋昇る煙をけちらし
また走り出した
確かではないが
サラリーマンはこのとき
タイヤが吸殻を踏んでしまわぬように
自分がステアリングをほんの少し
傾けたような気がした
それは道端によける少年の視線が
飽きたらず吸殻に注がれているのを
確かに認めることができたせいだ

少年がまた
一筋の煙の上へと
吸い寄せられていくのが
ルームミラーに映った
サラリーマンは
どこか後ろめたく
いたたまれない気になってくるのを
せわしく打ち消し尽くし
アクセルを踏み込みながら
呟いてみる

「さあ 何をしている
 急がないと
 遅れてしまうぞ……」

途上

飲んだっくれて
日が暮れて
誠心誠意
くれどおし
しらばっくれて
グレてみる

連れに逸(はぐ)れて
途方に暮れて
食いっぱぐれて
風が吹く
そぞろ歩きの
みちの上

ガラス窓

そこにはひとつの
ガラス窓があって
向こうに景色が開けている
あこがれていた景色は
ずっとあの頃の通り
色褪せない
うす暗がりから望む
景色の明るさは
永遠をたたえて無垢なままだ
窓のガラスには
うっすらと僕が映り
あこがれたまま
立ち尽くす姿も
ずっとあの頃の通り
変わらない

ガラス窓から
外の景色を眺めるうち
知らず知らず
そこに映る自分自身を見つめて
絶望しそうになっていることが
僕にはよくある
「まだまだだ」
その言葉が
二つの意味で
葛藤する

ガラス窓は
なぜか汚れやすくて
きれいに拭ってやらないと
すぐに景色が見えにくくなる
あんまり度々
こすって磨いているせいで
ガラス窓には
骨董品じみた細かな傷が
無数にできてしまっている

ガラス窓がやがて
手に負えないくらい
傷だらけとなり
僕の姿を
少しも映し出さなくなった頃
あこがれていた景色は
いよいよ僕からは
見えないものになるのだろうか

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