源五郎の棲む池のほとりを 小さな竜巻(つむじかぜ)が訪れたとき 葦たちは穂先をなびかせて歌った 理不尽であればあるほど 風は期待を 唆(そそのか)すもので いわば竜巻などは 葦たちには夢みたいなものなのだ 葦たちの騒ぎ様ときたら尋常ではない 我こそはと一斉に歌い出すのだ 小さな竜巻にとりすがるように踊るのだ よほど思い詰めていたのだろうか 水辺に棲むことに あるいは倦んでいたのだろうか この時とばかりに 狂ったかのように 源五郎はあきれて見ていたが まもなく 「阿呆らしい」 と 小さな声を投げ出し すうい と 泳ぎ始めた そんな折だ 葦というのは本来 それぐらいの竜巻で抜け飛ぶようなものではないらしいのだが 一本の葦が飛んだ その小さな竜巻が巻き上げたのだ だれもが「ああ」という微かな声を漏らした 同時に風は去り 辺りは静かになった 竜巻と一緒に舞い飛んだ葦も どこかへ消えた 池の水面がまだ激しく波立っていて 源五郎は泳ぎにくいのにうんざりしたけれど やがて生涯を愛するかのように 「面白い」 と 一言呟く
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